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【W杯回顧録】第6回大会(1958年)|「僕が優勝させる」9歳の約束は8年後現実に...17歳ペレが王国ブラジルを初の世界一に導いた

【W杯回顧録】第6回大会(1958年)|「僕が優勝させる」9歳の約束は8年後現実に...17歳ペレが王国ブラジルを初の世界一に導いた


 北中米ワールドカップが6月11日に開幕を迎える。4年に一度、これまでも世界中のサッカーファンを魅了してきた祭典は、常に時代を映す鏡だった。本稿では順位や記録の先にある物語に光を当て、その大会を彩ったスター、名勝負、そして時代背景などをひも解いていく。今回は第6回大会(1958年)だ。

――◆――◆――

●第6回大会(1958年)/スウェーデン開催
優勝:ブラジル
準優勝:スウェーデン
【得点王】ジュスト・フォンテーヌ(フランス):13得点

 悲劇は伝説のプロローグだった。

 1950年7月16日、ブラジル中が悲嘆に暮れた。自国開催のワールドカップ最終戦で、ブラジルはウルグアイに逆転負けを喫し優勝を逃していた。

 号泣する父を9歳の少年が慰める。

「そんなに悲しまないで。いつかきっと僕がブラジルを優勝させてあげるから...」

 それからわずか8年後に、少年は本当にワールドカップのピッチに立った。グループリーグ(GL)で4組に入ったブラジルは、1勝1分でソビエト連邦戦を迎えていた。その後の展開を左右する重要な試合で、ヴィセンテ・フィオーラ監督は大胆なメンバー変更を決断する。代表に同行する心理学者の「未熟で責任感に欠ける」という指摘を遮り、17歳のペレと24歳のドリブラー、ガリンシャを抜擢するのだ。

 流れは一変した。ペレの技巧的なアシストがババの先制点を導き、ソ連には2-0で快勝。GLを首位通過すると、準々決勝ではウェールズの固い守備網をペレが軽妙に破り1-0で勝利を飾る。

 現役生活を通して1281得点を積み上げたペレは、後に「最も重要なゴールだった」と述懐している。17歳239日、大会最年少得点記録が書き換えられた――。
 
 1958年スウェーデンで開催された第6回大会には、英国四協会(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)が揃って出場し、2年前のメルボルン五輪を制したソ連も加わった。

 過去2回は英国四協会選手権がそのまま予選を兼ねていたが、この大会ではそれぞれが別のブロックに分散したため、歴史的にも唯一全チームが出場した。特にスコットランドは、3年前から始まった欧州チャンピオンズカップで常勝中のレアル・マドリーの主力で固めるスペインを下しての快挙だった。また、前回不評を買ったGL以降の組み合わせも、1位対2位のたすき掛けに変更された。

 ただし、せっかく四協会が揃った英国勢も、すべて脇役に甘んじた。イングランドはGLの3戦をすべて引き分けてソ連とのプレーオフに臨むが、主導権を握りながらも大会屈指のGKで“黒クモ”の異名を取るレフ・ヤシンの好守に阻まれ、0-1で敗戦。開幕4か月前には、マンチェスター・ユナイテッドを乗せた航空機が墜落し、ダンカン・エドワーズ、トミー・テイラー、ロジャー・バーンら将来を嘱望される主力が命を落としたことが響いた。

 逆にイングランドリーグ(リーズ)とセリエA(ユベントス)で連続得点王のジョン・チャールズを擁するウェールズと、堅守の北アイルランドがGL後のプレーオフを制して準々決勝へ進んだが、前者はペレの決勝ゴールで、後者は大会得点王(史上最多の13ゴール)ジュスト・フォンテーヌが2ゴールの活躍を見せたフランスに0-4で完敗した。
 
 ウェールズを下してベスト4に進出したブラジルの準決勝の相手は、それまで4試合で15得点と圧倒的な攻撃力を誇るフランスだった。大会得点王となるフォンテーヌは、開幕のパラグアイ戦でのハットトリックを皮切りに、すでに8ゴールを挙げていた。さらに恰好のパートナーとして、この年バロンドールを受賞するレイモン・コパも好調を持続していた。

 ブラジルは開始2分に、右サイドを突破したガリンシャの鋭いクロスに中央でババが合わせて先制。だが9分、フランスもスルーパスをGKの鼻先で受けたフォンテーヌが無人のゴールへ流し込んで追いつく。ところがフランスはババのタックルを受けたロベール・ジョンケ主将が脛を負傷。ほとんど動けなくなり左ウイングの位置に止まり続けることになる。これで完全に流れはブラジルに傾いた。

 39分にジジのミドルシュートが豪快に右隅に決まると、後半はペレがハットトリックのワンマンショーを披露。5-2の快勝で決勝に進んだ。

 もうひとつの準決勝は、連覇を目ざす西ドイツが開催国のスウェーデンと顔を合わせた。

 スウェーデンは、10年前にロンドン五輪を制した「グレ・ノ・リ・トリオ」が、翌年1月に揃ってミランへ移籍。ロッソネロ(赤黒)の黄金期を牽引して来た。だがセリエAでの8シーズンで5度の得点王に輝いたグンナー・ノールダールはすでに代表を退き、ニリス・リードホルムは35歳、グンナー・グレンは37歳と全盛を過ぎていた。
 
 試合は西ドイツのペースで進んだ。前回大会にも出場したハンス・シェーファーのボレーが均衡を破る。しかしスウェーデンも、リードホルムのアシストからレナート・スコグルンドが決めて振り出しに戻す。

 その後は西ドイツに不運が重なった。ゲオルク・ユスコビアクが退場になり、名手フリッツ・ワルターが故障。スウェーデンは、終盤に大ベテランのグレン、さらには売り出し中の来人・ハムリンが決めて、西ドイツの連覇の夢を砕いた。

 スウェーデンを率いるイングランド人のジョージ・レイナー監督は、決勝戦を控えてこんなことを考えていた。

「もし雨が降って、早い時間帯に先制できればチャンスがある」

 滑り出しは指揮官の思惑通りだった。雨中のピッチで、開始4分、スウェーデンはリードホルムが冷静にDFをかわして左隅に決める。だがこのリードは、わずか5分間しか持たなかった。ブラジルは右サイドをガリンシャが破り、速いクロスにババが合わせて同点。32分にも同じ形からババが決め、ブラジルが前半で逆転に成功する。

 そして55分、この日最大の見せ場が訪れた。ニウトン・サントスの左からのライナー性のボールをDFを背にジャンプして胸で止めたペレは、反転してひとりかわすと、2タッチ目で二人目の頭上を抜き、ボレーで叩き込む。そのままブラジルは、12年後に監督としてブラジルを指揮するマリオ・ザガロ、さらにはペレも終了間際に追加点を奪い、準決勝に続く5-2のスコアで頂点に立った。

 9歳だった少年は、17歳で父との約束を果たした。やがてペレには世界中で「キング」の称号がついて回ることになった。

文●加部究(スポーツライター)

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配信元: SOCCER DIGEST Web

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