
海岸に何十頭、ときには何百頭ものイルカが打ち上げられる「大量座礁」。
世界各地でときおり報告されるこの不思議な現象は、長いあいだ科学者たちを悩ませてきました。
病気で弱っていたのか。
人間活動による混乱なのか。
あるいは潮の流れに閉じ込められたのか。
しかし近年、南米パタゴニアで起きた事件の調査から、意外な“真犯人”が浮かび上がってきました。
それは人間でも環境汚染でもなく、海の頂点捕食者「シャチ」だったのです。
研究の詳細は2026年3月11日付で学術誌『Royal Society Open Science』に掲載されています。
目次
- パタゴニアで起きた「謎の大量座礁」
- イルカを浅瀬へ追い込んだ「海の頂点捕食者」
パタゴニアで起きた「謎の大量座礁」
問題の事件は、アルゼンチン北部パタゴニアにあるサン・アントニオ湾で起きました。
2021年、この湾の浅瀬に多数のマイルカが座礁し、52頭が死亡しました。
研究チームはそのうち38頭を解剖して原因を調査しています。
さらに2023年にも同じ地域で、今度は約570頭ものイルカが浅瀬に入り込み座礁しました。
ただしこのときは救助活動により、すべての個体が海へ戻されています。
イルカの大量座礁は世界でも知られていますが、その原因ははっきりしていません。
【湾に逃げ込むイルカの群れの画像がこちら】
これまで提案されてきた理由には次のようなものがあります。
・病気や体調不良
・音や磁場による方向感覚の混乱
・漁業や船舶など人間活動の影響
・潮の満ち引きによる閉じ込め
そこで研究者たちは、2021年の個体を詳しく調べました。その結果、意外な事実が判明します。
座礁したイルカたちは健康状態が良好だったのです。
病気の兆候はなく、船や漁網による傷も見つかりません。栄養状態も悪くありませんでした。
つまり、「弱って浅瀬に迷い込んだ」という説明は当てはまらない可能性が高かったのです。
では、彼らはなぜ危険な浅瀬へと入り込んだのでしょうか。
イルカを浅瀬へ追い込んだ「海の頂点捕食者」
調査を進めるうちに、チームは重要な手がかりを見つけました。
2021年と2023年の両方の座礁事件の直前に、シャチが湾の周辺で目撃されていたのです。
さらに、ドローンや観光船の映像には次のような行動が記録されていました。
【同じ海域にいたシャチの群れの画像がこちら】
まずイルカたちは強く密集した群れを作ります。
そしてそのまま、湾の最も浅い場所へと泳ぎ込んでいきます。
サン・アントニオ湾は、砂州や狭い水路が多い複雑な地形をしています。
一見すると捕食者から逃げ込むには安全そうですが、いったん奥まで入ると方向を見失いやすく、干潮時には取り残されてしまう危険があります。
研究者たちは、この行動をシャチからの逃避行動と解釈しました。
実際、写真からは背びれの形や切れ込みをもとに、現地で狩りを行うことで知られる個体のシャチが識別されています。
つまりイルカたちは偶然迷い込んだのではなく、頂点捕食者から必死に逃げた結果、危険な浅瀬に追い込まれた可能性が高いのです。
論文では次のように述べられています。
「シャチの存在はイルカにとって強いストレス要因となり、浅い海域へ追い込むことで座礁のリスクを高める可能性がある」
これは、大量座礁の原因として「捕食者からの逃避」が重要な役割を果たす可能性を示す新しい証拠となりました。
悲劇を生むのは“生き残るための行動”
イルカの大量座礁は、これまで不可解な自然現象として語られることが多くありました。
しかし今回の研究は、その一部が捕食者から逃げるという生存本能の結果である可能性を示しています。
皮肉なことに、命を守るための行動が、逆に危険な浅瀬へと群れを追い込んでしまうのです。
ただし、この理解は救助活動にも役立ちます。
もしイルカが病気やけがではなく、捕食者から逃げて浅瀬に入り込んだのだと分かれば、救助隊は迅速に深い海へ戻すことを優先できるからです。
海岸に打ち上げられたイルカの群れの背後には、私たちが見ていない海のドラマが隠れているのかもしれません。
参考文献
Dolphin mass strandings in Patagonia linked to killer whales
https://phys.org/news/2026-03-dolphin-mass-strandings-patagonia-linked.html
元論文
Exploring mass strandings of common dolphins: a response to predator encounters?
https://doi.org/10.1098/rsos.250870
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

