
日本でもなじみ深い昆虫といえば、カブトムシです。
立派な角を持つオス同士の戦いはよく知られていますが、実は交尾の後に何が起きているのかについては、これまでほとんど研究されていませんでした。
そんな身近な昆虫の意外な生態が、最新研究によって明らかになりました。
山口大学の研究チームによる調査の結果、カブトムシのメスは一生に一度しか交尾しない可能性が高いことが分かったのです。
多くの昆虫ではメスが複数のオスと交尾するのが普通です。
ところがカブトムシでは、最初の交尾を終えたメスがその後のオスを激しく拒絶するという、極めて珍しい繁殖行動が確認されました。
なぜ、このような「一度きりの交尾」という戦略をとるのでしょうか。
研究の詳細は2026年3月2日付で科学雑誌『Behavioral Ecology and Sociobiology』に掲載されています。
目次
- 最初の交尾のあとオスを蹴り飛ばす
- なぜ交尾は一度だけなのか?
最初の交尾のあとオスを蹴り飛ばす
研究チームはまず、未交尾のメス85頭を用いて実験を行いました。
その結果、すべてのメスが最初のオスとの交尾を受け入れたことが確認されました。
ところが、その後の行動は劇的に変化します。
研究者が、最初の交尾から1日〜28日後に別のオスを近づけると、メスは交尾を受け入れず、オスを蹴り飛ばすなどして激しく拒絶する行動を見せました。
この拒絶は少なくとも28日間続きました。
野生のカブトムシのメスの寿命を考えると、この期間はほぼ一生に相当します。
つまりメスは生涯に一度しか交尾しない可能性が極めて高いことになります。
これはコガネムシ科の昆虫としては非常に珍しい現象です。
多くの昆虫ではメスが複数のオスと交尾し、複数のオスの精子が競争する「精子競争」が一般的だからです。
では、なぜカブトムシのメスは再交尾を拒絶するのでしょうか。
なぜ交尾は一度だけなのか?
チームは、その理由を探るため、オスが交尾の際にメスへ渡す「精包」に注目しました。
精包とは、精子や分泌物を含むカプセル状の構造です。多くの昆虫では、この中に含まれる化学物質がメスの再交尾を抑制する働きを持つことがあります。
そこでチームはまず、精包の抽出液をメスの体液中に直接注射する実験を実施。
しかし結果は予想外でした。注射を受けたメスは、その後も普通にオスとの交尾を受け入れたのです。
次にチームは、交尾を途中で中断する実験を行いました。オスの生殖器が挿入されてから15分後に強制的に引き離したところ、このメスも翌日には別のオスと交尾しました。
これらの結果から、化学物質の作用や交尾時の刺激だけでは再交尾の拒絶は起こらないことが分かりました。
そこでチームは、精包そのものの大きさに注目しました。
未交尾のオスは非常に大きな精包を作りますが、別のメスと交尾した直後のオスは、精包のサイズが約60%も小さくなることが分かっています。
この小さな精包をメスに渡した場合、通常ほぼ0%である再交尾率が約15%までわずかに上昇しました。
ところが興味深いことに、小さな精包を受け取ったメスでも、
・産卵数
・卵の孵化率
・メスの寿命
は通常とまったく変わりませんでした。
つまり、たった1回の交尾(しかも小さな精包)でも、生涯の繁殖に十分な精子を受け取っていることになります。
それにもかかわらず未交尾のオスが巨大な精包を作る理由は、精子を多く渡すためではなく、メスの生殖器を物理的に満たすことで再交尾を防ぐためである可能性が高いと研究者は考えています。
身近な昆虫にもまだ知られていない生態がある
カブトムシは、日本では最も身近な昆虫の一つです。
しかし今回の研究は、そんな馴染み深い生き物にも、まだ知られていない驚くべき生態が隠されていることを示しています。
特に、メスが一生に一度しか交尾しないという繁殖戦略は、昆虫の進化を考える上でも重要なテーマです。
なぜ一度の交尾だけで十分なのか、そしてこの戦略がどのように進化してきたのかは、今後の研究でさらに明らかになっていくでしょう。
夏の森で見かけるカブトムシの裏側では、実はオス同士の戦いだけでなく、「一度きりの交尾」を巡る進化のドラマが静かに繰り広げられているのかもしれません。
参考文献
カブトムシのメスは一生に一度しか交尾しない
https://www.yamaguchi-u.ac.jp/weekly/47498/index.html
元論文
Monandry and its underlying mechanisms in the rhinoceros beetle Trypoxylus dichotomus
https://doi.org/10.1007/s00265-026-03708-6
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

