日本国内で年間9万人が失踪(行方不明者届の受理件数)、うち数千人が所在確認がなされず、姿を消したままだという(警察庁「令和5年における行方不明者の状況」)。映画『蒸発』はこの現実を注視した、ドイツ人のアンドレアス・ハートマン監督、ベルリンと東京に拠点を置く森あらた監督によるドキュメンタリーだ。40以上もの国際映画祭で注目を集め、ドイツでは50館以上で上映、「JOHATSU」という言葉を世界に知らしめた。3月14日より日本公開となる映画のバックグラウンドについて両監督に聞いた。
ビジネスとして成り立つ「夜逃げ屋」という日本独特の存在
━━映画にはヤクザから身を隠すため、ブラック企業から逃れるため、借金のため……とリアルな「蒸発者」が登場します。さらに、彼ら彼女らをサポートする「夜逃げ屋」、探偵、息子を探す家族などを取材されています。そもそも映画を撮るきっかけは何だったのでしょうか?
アンドレアス・ハートマン(以下、ハートマン) この映画の前に私は『自由人』という、京都の鴨川にいた青年のホームレスのドキュメンタリーを撮っています。その彼もまた故郷から蒸発したひとりだったわけですが、彼を取材しつつ大阪・西成を訪れたりする中で「夜逃げ屋」の存在に強い興味をもちました。
森あらた(以下、森) 僕はヨーロッパに18年間くらい暮らしているのですが、僕自身が日本社会の窮屈さを感じて日本から失踪したようなものなんです。その経験から、一度、外から見た日本というものを描きたいと思いました。
その一方で、映画を制作するにあたって“外国人が見たヘンな日本”にはしたくない、日本人として共感出来る映画にしたかった。
━━森さんも「蒸発」の当事者だった?
森 当時は半分ひきこもりみたいな状態で、突然自分の意志だけで出て行ったということでは蒸発者のひとりだとこの映画を作るようになって気づきましたね。
この映画の出演者の人たちにも共通することですが、自分をまったく知らない人たちがいる場所に行くと、一回アイデンティティが初期化される。僕の場合、そもそも海外では日本人ではなく「アジア人」として扱われて、それが僕にとってすごくポジティブな経験になりました。
━━ドイツなどで劇場公開されたオリジナルタイトルに「JOHATSU」という日本語を使われているのは、日本の「蒸発」という言い方や現状が特殊なのでしょうか?
ハートマン もちろんヨーロッパでも犯罪以外で失踪するケースはあります。2015年のドイツで、31年前に行方不明となっていた女性が名前を変えて暮らしていたということもありました。
ただ日本のジョーハツが特異なのは、“夜逃げ屋”というビジネスが成立しているということです。私たちが知るかぎりそのような国はなかった。
━━住宅地の一角で、ハンドルに手を置いた女性が車内から周囲を警戒するという冒頭の場面にインパクトがあります。しばらくして男性が駆けこんでくる。やりとりから女性は「夜逃げ屋」で、男性はワケアリの依頼者だとわかる。
森 補足すると海外でも蒸発する人はいることはいるんですが、たとえば激しい喧嘩をするなど大事になった後にと段階を踏むのに対して、日本ではある日突然いなくなる。
周りもそうした「蒸発」を受け容れてしまっているところがあるのは特殊で、世界と違うところではないかと思います。
「西成は人が自由になれるコミュニティができあがっている」
━━映画『蒸発』は海外で、とくに香港ではソールドアウトになるほど人気になり、ドイツでは上映館が広がるなど反響が大きかったとお聞きしています。話題を呼んだ理由をどのように分析されていますか?
森 自分たちにはないものを観たいという、好奇心から観に来たひとも多いでしょう。と同時に「蒸発」という、誰しも一度人生をリセットしたいという気持ちがある。国は違っても普遍性のあるテーマだからではないでしょうか。
━━空き缶を集めて生活している場面など丁寧に描かれていますが、ハートマン監督から見た西成の印象を聞かせてください。
ハートマン 貧しい人たちが住む場所ではありますが、開放感がある。女装の人もいて、LGBTQ(性的マイノリティ)文化も発達している。人が自由になれるコミュニティができあがっていると感じました。
森 シルクロードを旅したときに中国の内陸部で、ビルの谷間に残るこのような場所を目にしましたが、アンドレアスが言うように西成は人が人として生きていけるというか、カラオケスナックのお店もたくさんあり、オッチャンが朝からビール飲んで歌っているのを見たら、自分が蒸発するならここに来ようか。そんな気持ちになる場所ですよね。

