激動するイラン情勢の真っ只中で、3月12日に中国の全国人民代表者大会(全人代)がひっそりと閉幕した。
今回の全人代では、中国が「世界の工場」と呼ばれ出した1990年代に始まった中国全盛の30年が、終わりを告げているとしみじみ感じさせるものだった。
発表された2026年の実質経済成長率の目標は「4,5~5%」と、過去30年で最低の目標。これは中国が誇った成長の時代が、完璧に終わったことの証である。
習近平中国は2030年までの目標を定めた5か年計画で、1人当たりの国内総生産(GDP)を2020年比で倍増させると明らかにしているが、実現へのハードルは極めて高く、幻となる可能性が高くなっている。
直近の政策を見ると、人口知能(AI)や半導体、AV自動車、太陽光発電などハイテク産業で先進国に完全に追い付き、資源を世界で押さえたことで、「自立自供」の国づくりが可能と自信を深めている。実際にそれは可能と思われているが、歴史の目で中国を俯瞰すると「全盛期」が終わり、「衰亡期」に突入していることが浮かんでくるのだ。
見逃せないのは、中国4000年の歴史で輝かしい時代を築き、250年余りで滅びた清王朝と共産党100年の歴史が、「衰退」という部分で重なることだ。
清王朝は中国最後の19代目の王朝で、17世紀に康熙帝によって天下統一。雍正帝、乾隆帝の時代に繁栄を極め、20世紀初頭の辛亥革命まで約250年も続いた。
大事なことは、最も繁栄した乾隆帝の時代に、滅亡が始まっていたことだ。
乾隆帝は25歳で皇帝に即位するとビルマ、べトナム、西部地区に領土を拡大する一方、古今の優れた書物を書き写し、文化の繁栄をもたらした。
しかし、前皇帝である雍正帝の時代の重臣だった和珅が、引き続き乾隆帝の重臣となったことで、清王朝の時代に社会全体が賄賂と汚職にまみれ、「文化」となって衰亡の道を歩んだ。
毛沢東は飢餓に苦しむ国民を率いて1949年に建国したが、まず始めたのは政敵の撲滅だった。これは10年続いた文化大革命が終わり、改革解放が始まるまで続いた。つまり毛沢東の建国は康熙帝の清王朝の統一であり、鄧小平の改革解放は清王朝を繁栄させた雍正帝の時代と言っていい。
4期目を迎える習近平を、乾隆帝になぞらえてもいい。革命後の中国で最も真面目に汚職追放と取り組んでいる指導者である。しかしそれは中国伝統の「汚職文化」を地下に潜らせるだけで、逆に経済を委縮させることになる。
要は大不況の中、「台湾併合」の旗を降ろせない習近平中国は、衰亡への綱渡りをするしかないのが現状だ。
(団勇人)

