
吉沢亮さん(2020年2月、時事通信フォト)
【画像】え、「確かに痩せてる…」「減量した吉沢亮と似てる」 コチラが119年前の今日、34歳で亡くなった錦織のモデル人物の写真です
「西田のいない松江には二度と行く気になれない」
『ばけばけ』第23週115話では、メインキャラ「錦織友一(演:吉沢亮)」が親友「レフカダ・ヘブン(演:トミー・バストウ)」に厳しい言葉を投げかけ、それによって彼を奮起させました。数か月後、ヘブンは著作『東の国から』を書き上げ、それを貰った錦織は笑顔を見せています。その後、ナレーションで彼が亡くなったことが語られました。本日3月15日は、錦織のモデル人物の命日です。
錦織のモデル・西田千太郎は、1890年夏に松江に赴任したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と親交を深めた人物で、松江中学の教頭心得を務めながらハーンの通訳、執筆の手助けをし、彼が熊本に行って以降も手紙のやり取りをしていました。西田は松江始まって以来の秀才と呼ばれた男でしたが、生まれつき身体が弱く、結核を患って1897年3月15日に34歳の若さで亡くなっています。
手紙で何度も西田の体調を気遣っていたハーンは、1895年3月に日本に関する2作目の著作『東の国から』を発表し、この本を彼に献呈しました。冒頭には「TO NISHIDA SENTARO IN DEAR REMEMBRANCE OF IZUMO DAYS(出雲時代の懐かしい思い出に。西田千太郎へ)」という献辞があります。名前以外は、錦織への献辞と同じ文言です。
その後、ハーンは神戸に住んでいた1896年2月に日本に帰化して小泉八雲となり、同年6月に家族と一緒に松江に帰省しました。西田と再会し、出雲大社のある思い出の地・杵築へ、一緒に旅行にも行っています。そしてこの帰省が、ハーンと西田の最後の時間となりました。
西田が死の2か月前まで克明に記録していた日記には、「明治29(1896)年8月20日(晴)小泉氏ノ出発ヲ大橋ニ見送ル」と書かれています。『ばけばけ』では、ヘブンと錦織が最後に会った場所が松江大橋になりましたが、史実でも同様だったようです。
ハーンは1896年12月18日付の西田への手紙で、来年の夏にまた家族で松江に行くと語っていましたが、それは叶わず、息子の一雄に「西田のいない松江には二度と行く気になれない」と語ったと言います。事実、その後に彼が松江に帰ることはありませんでした。
また、「松野トキ(演:高石あかり)」のモデルであるハーンの妻・小泉セツは、後年の回想録『思ひ出の記』で、ハーンが西田に関して「あのような善い人です、あのような病気参ります、ですから世界むごいです」と、彼の病死を惜しんでいたことを語っています。
さらに、セツは東京に住んでいた頃のハーンが、ある日「今日途中で、西田さんの後姿見ました、私の車急がせました、あの人、西田さんそっくりでした」と、西田の「幻影」を見たことも話していました。
第24週は時間が一気に10年進み、ヘブンたちが東京に住んでいるところから始まる予定です。どこかで、ヘブンが別人を錦織と見間違える、という場面もあるかもしれません。
※高石あかりさんの「高」は「はしごだか」
参考書籍:『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮出版社)、『父小泉八雲』(小山書店)、『ラフカディオ・ハーン 西田千太郎 往復書簡』(八雲会)
