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【球界オフレコ武勇伝1】昭和プロ野球 キャンプの夜に番記者が見た村山実の全裸踊りと野村vs鶴岡の“絶縁現場”

【球界オフレコ武勇伝1】昭和プロ野球 キャンプの夜に番記者が見た村山実の全裸踊りと野村vs鶴岡の“絶縁現場”

野村克也(C)週刊実話Web

【球界オフレコ武勇伝1】
プロ野球開幕まで1カ月を切った。その間には大谷翔平らも出場するワールド・ベースボール・クラシックの熱戦が繰り広げられ、まさに野球ネタ一色と化す。昭和満100年。元スポーツ紙スクープ記者が昭和一流選手たちの“夜のキャンプ裏話”をバラした!

虎の主砲コンビがキャンプで見せた意地の張り合い

プロ野球春季キャンプが終了し、セ・パ12球団は3月27日の公式戦開幕に向け仕上げの段階に入った。今の選手たちは現代的なプロアスリートであることを求められており、キャンプでは酒もタバコも女遊びも控えて練習に明け暮れている。それはプロの世界で生きていくうえで、間違ってはいないのだろう。

ただ、筆者が見続けてきたプロ野球には、そうではない時代が確かにあった。当時、選手と記者は持ちつ持たれつの「共犯関係」にあり、絶対に記事には書かないという暗黙の了解のもとで共に酒を飲み、夜の街を徘徊したものだ。

そんな“記者失格”の筆者が封印してきたスター選手たちのキャンプ秘話をお届けする。

春季キャンプと聞いて真っ先に思い出すのが、闘志剥き出しのザトペック投法でファンを魅了した阪神の2代目ミスタータイガース・村山実だ。村山はキャンプ打ち上げの宴会では毎回、裸踊りを披露するのが恒例だった。

それもすべてを脱ぎ捨て、素っ裸で踊り狂うのだ。まだ新米記者だった筆者はあまりの強烈な光景に、ただただショックを受けた記憶がある。

南海ホークスの黄金時代を支えた広瀬叔功も同様だった。当時はこうした宴会がベテランと若手の距離を縮め、チームの絆を深める重要な儀式でもあったのだ。グラウンドでは絶対に見せない素の姿を知ることができるのも、キャンプ取材ならではの醍醐味だった。

吉田義男監督率いる阪神が日本一に輝いた1985年の高知・安芸キャンプも印象深い。チーム内で「犬猿の仲」と言われていた掛布雅之と岡田彰布は、なぜか毎晩のように酒量を競い合っていた。

もちろん、仲良く一緒に飲むわけではない。それぞれ仲間と自室で一升瓶を空けるのだが、それでも翌朝には必ず岡田が「昨夜は俺が勝った!」「アイツ(掛布)より1本多く飲んでも俺は全然酔わんかった」などと、わざわざ筆者に報告しに来るのだ。

テスト生同然(ドラフト6位)から不動の4番に這い上がった4代目ミスタータイガースの掛布と、早稲田大学のスターとしてドラフト1位入団したものの、掛布がいたためセカンドにコンバートされた岡田。奇妙な意地の張り合いから、水面下のライバル心が見えてくるのもキャンプ取材の奥深いところだった。

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野村克也と鶴岡一人の絶望的な溝

昭和のプロ野球は決して仲良しグループではなかったが、あまりに関係がこじれてしまい修復不能になってしまうことも多々あった。そんな瞬間を垣間見るのもキャンプならではだ。

新人時代に担当した南海ホークスは、人間臭くまさにそうしたエピソードの宝庫だった。野村克也が選手兼任監督として君臨し、挨拶に行った筆者に対し、「スポニチか。またワシの足を引っ張りに来たんやな」と警戒心剥き出しだった。

某年の和歌山・田辺キャンプでは、その野村と南海OBでスポニチの専属評論家をしていた鶴岡一人元監督の強烈な確執を目の当たりにした。

先輩記者によれば、野村が三冠王を獲得し、鶴岡監督(当時)の自宅に挨拶に赴いたところ、「お前ひとりの力で獲ったんとちゃうぞ!」と、祝福どころか門前払いを食らったことまであったという。

キャンプ中の野村は早朝からグラウンドにやって来て、ベンチ前に置かれたドラム缶の特製火鉢の前で暖を取るのが日課だった。これは記者にとって監督と2人きりで会話できる絶好のチャンスだった。

「おはようございます。今日、(鶴岡)親分がうちの評論家として取材に来られますよ」

「……そうか」

野村は呟くように答えたきりだった。しばらくして選手たちが体操を終えた頃、鶴岡が球場にやって来た。

「監督、親分が来ています。やはり監督の方から、ご挨拶に行かれるべきです」

若輩の身は承知で進言したが、野村は重い腰を上げようとしない。

「行きましょう」

渋る野村の手を引いてネット裏の部屋まで連れて行ったが、半開きのドアをノックした瞬間、隙間から野村の顔を見つけた鶴岡が烈火の如く怒鳴り散らした。

「来んでええ! 吉見も余計なことせんでええ!」

激しい音を立ててドアが閉められると、野村が小さくボヤいた。

「やっぱり、行かん方が良かったんや…」

鶴岡も大人げないが、野村もそうされるだけのことを過去にしていたことを後で知った。

【一部敬称略】取材・文/スポーツジャーナリスト吉見健明

【球界オフレコ武勇伝2】に続く

『週刊実話』3月19日号より

吉見健明
1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。
配信元: 週刊実話WEB

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