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夫の昇進と妻の出産という「二つの幸せ」が不幸の連鎖を生みかねない理由…幸福が重なると底辺層へ転落してしまうほど不安定な日本の共同体基盤

夫の昇進と妻の出産という「二つの幸せ」が不幸の連鎖を生みかねない理由…幸福が重なると底辺層へ転落してしまうほど不安定な日本の共同体基盤

なぜ日本は先進国の中でも人間が孤立しやすい社会になってしまったのか? 内閣官房参与も務めたことのある劇作家・平田オリザ氏は、夫の昇進と妻の出産という「二つの幸せ」が重なっただけで、家族が底辺層に転落する可能性を秘めていると指摘する。

氏の書籍『寂しさへの処方箋』より一部を抜粋・再構成し、地縁や血縁などで結びついた自然発生的なコミュニティ、利益や機能・役割によって結びついた人為的なコミュニティ。そのどちらもが欠落した日本で、社会的な孤立が起きやすい原因について論じる。

社会的孤立

失業した方への世間の目も、まだまだ厳しい。面接を受けるのも、やがては外に出ることさえいやになってきてしまう。

いま、日本社会が抱える大きな問題の一つが中高年のひきこもり、そして孤独死、孤立死だ。

孤独死、孤立死は、もちろん本人にとっても不幸だが、社会全体にとっても大きなリスクとコスト負担になる。時間が経って発見された場合、その部屋の臭いはひどいだろうし周りの人のショックも大きいに違いない。

当該の部屋はいわゆる事故物件として扱われ、同じアパートの人々もやがて引っ越して行ってしまうかもしれない。そうなると勝ち組であるはずの不動産所有者にとっても個人では負いきれないようなリスクとコストになる。

だから私たちは考え方を変えていかなければならない。

失業した方が映画館や劇場に来てくれたら、「失業しているのに映画を観に来てくれてありがとう。芝居を観に来てくれてありがとう。社会とつながっていてくれてありがとう」と言える社会を作らなければならない。その方が社会にとってもリスクやコストが軽減されるからだ。

こういった考え方を社会包摂、とりわけ「文化による社会包摂」と呼ぶ。人間を孤立させない政策だ。

日本は長く地縁血縁型の社会だった。しかしそれは戦後の都市化、工業化によって急速に崩れていく。これに取って代わったのが企業社会だった。人々は社宅に住み、社員旅行を楽しみ、社内運動会に参加し、企業年金に守られて生きていくと信じていた。中小企業も一つの家に喩えられ、経営者と従業員は運命共同体のように成長した。

しかし1990年代以降、グローバル化が進む中で、企業は労働者を守る必要がなくなってしまった。

低賃金の労働力を求めて工場の海外移転が進み、国内では非正規雇用が増加する。

ふと振り返ると、地縁血縁型の社会もすでにない。これが一時流行語にもなった「無縁社会」の正体だ。しかも日本は最後のセーフティネットである宗教も弱い国なので、人間がきわめて孤立しやすい。

欧州のホームレスはいよいよ危ないとなったら教会に駆け込むのだが、日本の神社仏閣にその機能は弱い。日本は世界の先進国の中でも、もっとも人間が孤立しやすい社会となっている。

厳密には、こういった状況を単なる「孤立」「孤独」と区別して「社会的孤立」と呼ぶ。孤立や孤独はそれ単体では悪いことだとも限らない。人間には孤独に耐えて生きていく力も必要だろう。

「社会的孤立」とは物理的な孤立や孤独のことだけではなく、家族や社会とのつながりがまったくなくなってしまった状態、薄くなってしまった状態を言う。いま、これが深刻な問題となっている。

先に示したように、社会的孤立は個人の問題にとどまらず、社会全体にとっても大きなリスクとコスト負担になる。だから私たちは、どうにかして個々人を社会につなぎとめておかなければならない。これは人道や道徳だけの問題ではなく、社会全体にとって、あるいは経済にとっても避けて通れない課題なのだ。

二つの不幸

社会学の基礎的な概念に「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」がある。ゲマインシャフトとは地縁や血縁などで結びついた自然発生的なコミュニティのことを指す。一方、ゲゼルシャフトは、利益や機能・役割によって結びついた人為的なコミュニティを意味する。

古典的な社会学では、近代化の過程で社会はゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ移行し、人間関係は疎遠になっていくと考えられてきた。しかし1980年代まで、日本企業は「家族型経営」を標榜し、労使対立は欧米ほどには激しくなく、古典的な社会学の理論だけでは説明できない要素を多く抱えていた。

地縁血縁であれ企業であれ、それは一つの共同体で、そこに帰属していれば人間の孤立は、とりあえず避けられてきた。

しかし今世紀に入って以降、この二つの基礎的な社会基盤がどちらも危うくなってしまった。ただし日本の課題は「微温的格差」だ。

したがってヒステリックに危機を煽ることは冷静さを欠く議論となるだろう。そこでこの「どちらも危うくなってきた」という点を、もう少し詳しく考えていこうと思う。

貧困や孤立の問題について、よく専門家は「二つの不幸が重なると、日本においても、人々はあっけないほどに底辺層に追い落とされる」と語る。

「二つの不幸」と書いたが、それは一つひとつを取ってみれば「不幸」とさえ言えないものかもしれない。たとえばそれを前述の文脈で整理するなら、以下のような例になる。

ゲゼルシャフト(利益共同体=企業)……夫の栄転を伴う異動

ゲマインシャフト(地縁血縁型共同体=家族)……妻の出産

以上、どちらも単体ではめでたいことだ。しかしこの異動が小規模支店への支店長待遇の単身赴任であり、妻の出産も産後のひだちが悪く、少し産後鬱気味になったとしよう。

夫の支店は決算期でなかなか家に戻れない。あるいは支店にも類似の理由(産休など)で部下に欠員が出る。やがて乳児の発育に小さな問題が発見される。ネット上には、フェイクニュースも含めたさまざまな育児情報が氾濫し若い夫婦を翻弄する。

「夫が育休を取ればいいではないか」と多くの人は考える。もちろん私もそう思う。しかし、ほんの少しのためらい、普段なら問題にならない程度の休暇の取りにくさ(制度的には取れないわけではないが、取りたいときに取れない)、職場の雰囲気、若い母親を取り巻く孤独な環境、義父・義母や実家との微妙な関係……さまざまな相互作用で不幸は連鎖する。

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