人間を孤立させないための第三の共同体
誰にでも起こり得る「二つの不幸」が偶然に重なったとき、本人の努力では脱出不可能な落とし穴に陥ってしまう。
そして、日本はこの事態についてのセーフティネットが弱い。なぜなら行政は通常、個別の事柄にしか支援の仕組みを持たないから。これが他の先進国にあまり先例のない、日本型の不安、日本型の社会的孤立の様相だ。
利益共同体と地縁血縁型の共同体だけでは、もはや不十分なのだろう。おそらくその中間に、もう少し緩やかな、人々が趣味や嗜好でつながる出入り自由な共同体が必要なのだ。私はそれを「関心共同体」と呼んできた。
社会学の世界でもゲゼルシャフトとゲマインシャフトの他にもう一つ、ゲノッセンシャフトという概念が使われるようになった。これは成員の自由意志と契約に基づいて参加する共同体を指す。
企業からはじき出され、地縁血縁からも遠ざかっている人々が、何かの活動を通じて、かろうじて社会とつながっている。誰かと誰かがつながっている。そういった精神のセーフティネットが求められている。
失業をしていても、子どものサッカー教室でコーチのボランティアを続けていれば、誰かがいい仕事を紹介してくれるかもしれない。故郷から遠く離れた一人暮らしでも、読み聞かせなどの地域活動で社会とつながっていられるかもしれない。そういった緩やかなネットワーク社会を少しずつ編み上げていくしかない。
「きずな」という言葉を聞くときに、それが少しだけ重苦しく感じるのは、なんとなくその言葉に地縁血縁型の強いつながりのイメージが残っているからだ。
言葉の選択は難しいが、この理想の形、関心共同の進化形を私は「緩やかなつながり」「出入り自由な共同体」と呼んできた。
この点はたとえば『生き心地の良い町―この自殺率の低さには理由がある』(岡檀、講談社、2013年)に詳しい。
この本は、岡氏の4年にわたる現地調査を元に、地域の「ゆるやかな人間関係、ほどよいお節介や弱者を排除しない文化など」が孤立を防ぎ、人々の〝生き心地の良さ〟を支えていることを明らかにしている。
これが文化による社会包摂の肝になる。強欲資本主義でもない、福祉のばらまきでもない、おそらく日本社会が取り得る最善の選択がここにある。
文/平田オリザ
寂しさへの処方箋 芸術は社会的孤立を救うか
平田 オリザ
2026年2月16日発売1,056円(税込)新書判/256ページISBN: 978-4-08-721401-7今、日本は他国とは違う独特の「寂しさ」「いらつき」「不安」に覆われている。終わりの見えない不況、アジア唯一の先進国からの転落と国力の衰退、そして戦前と同じく、産業構造の変革にともなう「精神(マインド)の構造改革」に再び失敗していること…などがその背景にある。著者は2001年刊行の『芸術立国論』で「日本再生のカギは芸術文化立国をめざすところにある!」と提案した。
本書はその試みを現代に合わせてさらに進化させ、モノが飽和しコトの消費が求められる時代に芸術と観光が果たせる役割、社会的孤立を救うための文化による社会包摂の動き、教育や地方が実現可能な少子化対策など、日本の衰退をくい止める新しい処方箋を再提案する。

