世界ラリー選手権(WRC)第3戦サファリ・ラリー・ケニアで、WRC初優勝を飾ったTOYOTA GAZOO Racing World Rally Team(TGR-WRT)の勝田貴元は、日本のメディアを対象にした取材会でその喜びを語った。
過酷な大自然でのラリーで、波乱の展開となった今回のイベント。勝田はライバルがトラブルに相次いで見舞われる中、堅実な走りでデイ3でラリーをリードする立場になると、その後も慎重に走り首位をキープ。見事、WRC初優勝を果たした。
日本人ドライバーがWRCで総合優勝をしたのは、アフリカのラリー・コートジボワールを1991年と1992年に制した篠塚建次郎以来2人目となった。
勝田は3月16日、日本メディアの取材にオンラインで応じ、初優勝を遂げた心境を語った。自宅に戻った直後というタイミングだったこともあり、彼自身まだ優勝の実感はあまり湧いてきていないという。
「篠塚さんの優勝から34年経って日本人2人目のWRC優勝ということで、自分自身そういう歴史とか数字をあまり気にする方ではないですが、ひとつの歴史を作って2人目になれたことを光栄に思います」
「一晩経ちましたがまだ実感がないです。今こちらはヨーロッパの昼なんですけど、飛行機の中で寝て今に至るので、夢だったのかなと思うくらいの感覚です」
「色々な方からの祝福がありました。11年前にWRCチャレンジプログラムでフィンランドに引っ越してラリーのキャリアが始まったんですけど、ここでようやく表彰台の一番上に立つことができて、関わってきてくださった皆さんひとりひとりに感謝の気持ちがあります」
「あとやっぱり最初から継続してずっと強い思いでサポートしてくれているモリゾウさん、豊田章男会長に感謝の気持ちをすぐ伝えました」
勝田自身、サファリラリーは昨年までの5度の出場で3度の表彰台を獲得するなど得意としているイベント。それだけに彼も勝利を意識していたという。しかしサファリラリーは一筋縄ではいかない一戦。スピードを多少犠牲にしてでも、ロスを最小限にするアプローチにしていこうと考えていたと明かした。
そんな中でも、雨で荒れた路面のSS1でインターコムのトラブルに見舞われた勝田。ペースノートが聞こえない中で4番手に踏みとどまり、その後も2度のダブルパンクチャーを喫し、あと一本タイヤがパンクしたらリタイアという状況を切り抜けた。
「本当に長い1週間でした」と勝田は振り返った。
「得意としているラリーなので、今年ももちろん優勝を狙っていました。かなりタフでコンディションも荒れますし、トラブルも頻繁に起こるので、どちらかというと1週間を長く見たアプローチ、マネジメントの仕方をしていこうと考えていました」
「サファリラリーだからこそのアプローチでももちろんあったんですけど、本当に一週間を見越した上での戦いができて、それが結果にもつながったのかなというふうに思います」
他のカテゴリーでも優勝を経験したドライバーが一気に強くなるといったケースはよく見られるが、勝田自身すでにそれが実感できている部分があるようだ。
「(セバスチャン)オジェ選手やカッレ(ロバンペラ)、エルフィン(エバンス)も、やっぱりみんな一回勝つと本当に変わるって言いますね。一回目を勝つまではどうしても勝ちたくて行き過ぎてミスやクラッシュにつながってしまうんです」
「でも一回勝つと、心にすごい余裕が持てる。それが今、少しだけ分かるような感じがしています。なんか重かったものが少し軽くなったなっていう感覚が、一晩明けた段階でもう既にあるので、そこは違いがあるかなという風には思いますね」
「自分の中ではこれが当然だと思っていたし、今までずっと背負ってたものなので重荷だともなんとも思っていなかったですけど、一晩明けてふと、プレッシャーみたいなものを背負っていたんだなと思いますね。気持ち的にすごい軽い感じがします」
「これからは違ったアプローチで、広い視野で戦えるんじゃないかなと思います。今後がすごく楽しみですね」
3月17日に33歳の誕生日を迎える勝田。しかしすでに目線は次戦ラリー・フィンランド、そして5月のラリー・ジャパンに向いている。
「優勝はしましたけど、もう終わったことだと自分の中では思っているので、明日の誕生日だけ家族一緒にお祝いして、次のラリーに向けて準備していきたいと思います」
「5月開催のラリー・ジャパンでは、みなさんの前でしっかりと結果を出したいですね」

