
話題を集めたマクドナルド×『ろくでなしBLUES』コラボビジュアル(C)森田まさのり・スタジオヒットマン / 集英社
【画像】え…っ!「かわいい」こちらが『ろくでなしBLUES』ヒロイン・千秋を演じた女優とビジュアルです(3枚)
最終回に不可解な点も?
2026年1月、マクドナルドが森田まさのり先生のマンガ『ろくでなしBLUES』とコラボレーションしたことが大きな話題を呼びました。
『ろくでなしBLUES』は、1988年から1997年まで「週刊少年ジャンプ」で連載されたヤンキーマンガです。頭は悪いが腕っぷしが強く、根は優しくて友達思いの主人公「前田太尊」のケンカに明け暮れる学園生活を描いた作品で、累計発行部数6000万部を超える大ヒットになりました。
ところで9年間にわたって連載された『ろくでなしBLUES』は、「ジャンプ」に掲載された作品のなかでも長期連載の部類に入ります。なかには作品に関する記憶があっても、どのような最終回だったか詳しく覚えていない人もいるかもしれません。2022年に「ジャンプ+」での連載が最終回を迎えたときは、あらためて高い評価を得ていました。どのような最終回だったか振り返ってみましょう。
ボクシングの世界チャンピオンを目指している高校3年生の前田太尊はプロテストに合格。トラブルに巻き込まれるものの、コミッショナーのはからいによって無事にライセンスが認められます。読者をやきもきさせたヒロインの「七瀬千秋」とも無事に恋人同士になることができました。
太尊、千秋、親友の「山下勝嗣」と「沢村米示」、ライバル(?)の「中田小兵二」らが帝拳学園を卒業するのは、最終回の1話前にあたる「NOT FADE AWAY」です。ラストは太尊の「またな」という大ゴマでした。
最終回「LIKE A ROLLING STONE」は一気に3年後に飛び、平成11年度の卒業式から始まります。太尊の後輩「大場浩人」が卒業し、一児の父になった勝嗣、ベンツに乗った米示らが後楽園ホールに向かいます。この日、太尊の世界チャンピオンを賭けた試合が行われるのです。
後楽園ホールにはダフ屋になった太尊の兄「前田富士雄」や父「文尊」、弟「用高」をはじめ、ケンカ仲間だった「島袋大」、ボクシング部だった「大橋英和」、応援団だった「武藤章圭」、太尊と争った「渡久地兄弟」、教師の「近藤真彦(顔はプロレスラーのマサ斎藤そっくり)」らが詰めかけています。写真部の「中島淳一」まで応援にやってきていました。
太尊は入場曲であるチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」に合わせてリングに向かいます。対戦相手は太尊の同級生で、ライバルの「原田成吉」です。アメリカへ武者修行に行っていた成吉は、チャンピオンになって帰国していました。成吉はビリー・アイドルの ヒット曲「モニー・モニー」に合わせて入場します(オリジナルはトミー・ジェイムス&ザ・ションデルズ)。ラストはリングで対峙した太尊と成吉が、今まさに打ち合わんとする見開きの大ゴマで終わりました。主要キャラクターが総登場する見事な大団円だったと言えるでしょう。
ただひとつ、不可解な点があります。太尊が1958年にリリースされたロックのスタンダードナンバーである「ジョニー・B・グッド」(映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で主人公のマーティがパーティーで演奏した曲としても有名)を入場曲に選んだことです。ローリング・ストーンズやTHE BLUE HEARTSが好きな森田先生らしからぬ選曲に感じられます。これには裏話がありました。
森田先生によると、当初はローリング・ストーンズの「夜をぶっとばせ」を使用するつもりだったそうです。しかし、使用許可が下りず、次の候補だった「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」も「サティスファクション」も使用できませんでした。森田先生は「じゃあもうR&Rのド定番で行こうとなりました。なんかね、ホントはC・ベリーはイメージ違うのよ」とSNSに記しています(2022年7月29日)。
反逆児でやんちゃなイメージのあるローリング・ストーンズの曲名はサブタイトルに数多く使われていました。大御所だったチャック・ベリーよりも、太尊のイメージにぴったりなのは間違いなくローリング・ストーンズだったと思います。
