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書籍『トラック野郎 50年⽬の爆⾛讃歌』刊⾏記念! ⼩川晋(著者)+川原和彦(かわらのジョナサン)対談第2回 「まだまだ知りたいことがたくさんあるんです!」

書籍『トラック野郎 50年⽬の爆⾛讃歌』刊⾏記念! ⼩川晋(著者)+川原和彦(かわらのジョナサン)対談第2回 「まだまだ知りたいことがたくさんあるんです!」

『望郷⼀番星』と『幸福の⻩⾊いハンカチ』の近くて遠い距離

小川 「トラック野郎」って「どの作品を観てもみんな同じ」といった、マンネリズムの代名詞のようなイメージを持つ⽅が多いような気がしますけど、マドンナを⽬的地へ届けるために、⾃分の⼤事にしているデコトラをボロボロになるまで爆⾛する、というストーリーに類似した映画って、ありそうでないんですよ。そこが私にとってツボなんです。よく「男はつらいよ」とも⽐較されますよね? 寅さん、私も⼤好きですよ。おいちゃん役が森川進さんだった、シリーズ初期は特に。だけど、桃次郎と寅次郎の性格は全然違うから、似ているっていう感じがしない。寅さんは基本的にウエットですし。

川原 全く同意です。過去に某ネット百科事典に書き込んだことがある言葉ですが、鈴木(則文)作品が「動・俗」なら山田(洋次)作品は「静・雅」だと思うんです。ネット百科事典では「トラック野郎」と「男はつらいよ」の対比の話ではありましたが、同じことは監督にも言えるのではないかと。ちょうど1976年公開の『トラック野郎 望郷一番星』に対し、翌1977年公開の『幸福の黄色いハンカチ』は同じロードムービーの部分を持ち合わせ、舞台も同じ北海道。まりも(近海郵船フェリー)からの降車、釧路駅前、美幌峠、阿寒湖温泉、小清水原生花園、網走駅などロケ地は結構被ります。『黄色いハンカチ』のオープニングで山田洋次監督のテロップが出るファミリアの走行シーンなんて、その1年くらい前にトラックがバーストして崖から落ちる直前に走っていた場所と同じなんです(笑)。恐らくほとんど同じ場所からカメラを回していたと思われます。でも作品の毛色は全く違う。かたや大衆娯楽活劇、かたやヒューマンドラマ。『幸福の黄色いハンカチ』は第一回日本アカデミー賞を総なめにする名作。前年にアカデミー賞は未だありませんでしたが、もしあったとしても『望郷一番星』が獲ることはなかったでしょう……。逆に『望郷一番星』は12億3千万円の配給収入を記録したのに対し、『黄色いハンカチ』は望郷一番星の5~6割程度※の配収だったと思われます。一般の人達が千円を投じてでも観たい作品と、評論家が一票を投じる作品には大きな差があります。そこが「トラック野郎」の勢いであり、民衆が求める真の娯楽であるゆえんなのかなと思います。そして再三にわたり話に出していますが、子供の頃から祖父の影響で地図好きになり、一番星号はどこを通ったのかが気になるようになり、これが私のロケ地解読を行うきっかけです。他には大学が商科(会計学)専攻だったためか、映画製作の経緯から、各作品の状況(配給収入やニュース)を調べるがゆえ、大学生時代に新聞縮刷版をコピーしたりしていたら、世の中には似たようなことをしている人も居るんだと分かりましたが、何枚も上手でした(笑)。
※具体的な数字が発表されていないため、1977年の10位の配収7.5億未満として予想。

小川 図書館所蔵の新聞縮刷版やマイクロフィルムは、「トラック野郎」研究に関わらず、当時の空気を凝縮した記録ですからね。⾃分の知らない、どんな情報か記載されているんだろうと、期待しながら⾒ていましたよ。

川原 私の推しは作品的には第3作『望郷⼀番星』ですが、⼩川さんは第1作『御意⾒無⽤』でしたよね?

小川 そうですね、10本の中でどれか1本と⾔われたら、間違いなく『御意⾒無⽤』です。これはいつになっても私の中では変わりませんね。ものすごく荒削りな作品だけど、⼤事な部分はすごく丁寧に撮っています。桃次郎だけでなく、マドンナ・洋⼦と夏⼣介さん演じる明とのやりとりも⼼に沁みます。「俺はその道を選んだんだ! さよなら……」と強引に別れを告げる明の台詞が悲しみを誘います。

川原 シリーズものの作品は、⼩川さんのように第1作推しの⽅が結構多いと思うんです。基本⾻格というか基礎⼟台ですから、よく分かります。荒削りながらも基本要素をすべてぶち込んだ、町⾷堂のボリューム満点五⽬野菜炒め定⾷のような感じ。特に『御意⾒無⽤』は、ほとんどにおいて不利な状況にもかかわらず、⼤成功を収めた。それがゆえ、後のシリーズにつながったわけですが、実は私の場合はそのつながった第2作以降の⽅が……というのは「⼀番星ブルース」も好きですし、作品⾃体の派⼿さやトラックやFU(2代⽬⼀番星号のベース⾞輌)も好みですから。まあ、その辺りはシロート⽬です。

小川 トラック野郎シリーズ第1作、『御意⾒無⽤』が好きなのは、結果的にシリーズとなりましたが、本作は「シリーズものを作ろう」という思惑ではなく……何というか、ネタをもったいぶらないで、すべてフルスイングで挑んでいる感じがいいなあと思うんです。あと、桃次郎とマドンナの接し⽅がストレートで好きです。マドンナに対して「⾦でカラダ売るなんて、⾒損なったよ!」と罵倒して泣かせてしまうような、マドンナに⼀⽬置かずに接する桃次郎が。そういうシチュエーションって本作以外、無いかと思います。

川原 小川さんの「ネタをもったいぶらないで、すべてフルスイングで挑んでいる感じ」は、まさにその通りかと。私は『望郷一番星』推しですが、それは『御意見無用』でホームラン、『爆走一番星』で場外満塁ホームランを飛ばすような爆発的なヒットを記録した恩恵と、夏興行のため製作時間・制作費がふんだんに掛けられ、さらには警察からの制約も未だ無く、おまけに舞台は北海道でライバルは14tトレーラー、演者は梅宮辰夫。猥雑さへの制約もなく、喜劇・悲劇・活劇が三位一体となった、二度と邦画では作れないような大衆娯楽活劇の最高峰の1作品だと思うためです。そして鈴木監督も「イキの良さと面白さではこの作品が随一だと思われる。自画自賛。許されよ」と言われるくらいですから。子供の頃、自身の記憶に残ったシーンが多いのもこの作品。トラックが崖から転落大破、トラックが吊り橋を渡りきる、涙のバケツリレー、20tの荷を積んだワッパ勝負、40tの荷を積んだクライマックス等々。小川さんじゃないけど、こういう物語の作品って本作以外無いんです。

小川 『望郷⼀番星』、トルコ⾵呂のシーンもためらいのようなものが全くなく、潔いですね。菊池俊輔さんの⾳楽も、⽊下忠司さんに負けず劣らず素晴らしいです。「トラック⾳頭」は本来、和やかで楽しい歌だと思うのですが、聴く度に吉川団⼗郎さんが演じる、宮城縣のトラックが崖から転落するシーンが思い浮かんで切なくなります。⽂太さんも星桃次郎を演じることに対してまだまだノリに乗っていますよね。早くも本作がシリーズの最⾼潮だと感じます。

川原 『御意見無用』『爆走一番星』『望郷一番星』の勢いが1976年8月5日の「一番星号押収」で水を差されることになり、ここから歯車が狂い始めた感もありますね。そうは言っても10作まで続き、50年経った現在もこれだけ支持してくれる人がいます。このトラック専⾨誌業界に『カミオン』+『トラック魂』が発売されているのも凄いこと。映画会社や企画会社ではなく、有志で(公開50周年の)上映会を大々的に開催・満員になるなど、このファン達の力は他の映画じゃ考えられないと思うんです。主人公である菅原文太さんが逝去され、5ヶ月せずに相棒役の愛川欽也さんも逝去され、所属事務所や企画会社ではなく、一般有志で追悼イベントを企画して行ったなんてトラック野郎くらいではないでしょうか。

2015年7月19日に茨城県大洗港にて菅原文太さんと愛川欽也さんの追悼イベント「感動をありがとう桃次郎☆ジョナサンよ永遠に」が、映画「トラック野郎」制作時に尽力された哥麿会初代会長やデコトラを創成期から行った方々、有志6名が企画し開催。当日は一番星号(熱風5000キロ仕様)やジョナサン号、龍馬号を始めとするトラックが全国から600台以上集まるなど、他の映画では過去に例を見ないようなイベントが執り行われたもの。

いかがだったでしょうか? 「トラック野郎」を巡る対談は今回もとめどもなく続き、あっという間に時は過ぎ。きっと次回はさらにパワーアップした、熱量マックスの内容をお届けできることでしょう。それまでは『トラック野郎 50年⽬の爆⾛讃歌』を読んでお待ちください!

PROFILE
⼩川晋(おがわ・しん)
1972年、東京都町⽥市出⾝。2001年、⽇本映画学校(現・⽇本映画⼤学)演出科を卒業
後、『キューティーハニー』(2004年 庵野秀明監督)や『⽕⽕』(2005年 ⾼橋伴明監督)等で装飾⼩道具を担当する⼀⽅で、⽇本娯楽映画の映像⽂化を研究。特に『トラック野郎』に関しては、幼年期にたまたまTV放映で観たシリーズ第1作『御意⾒無⽤』のクライマックス、ズタボロになった⼀番星号の爆⾛シーンに強烈な衝撃を受けて以来、果てしなき探究を続ける。2014年『トラック野郎ブルーレイBOX 2』(東映ビデオ)ブックレットの構成・解説、翌年リリースのCD『歌え!!トラック野郎』及びCD第2弾『帰ってきた!!トラック野郎』(ユニバーサルジャパン)のサウンドトラックディスクの選曲・掲載データ作成に従事。2022年、デコレーショントラック専⾨雑誌「カミオン」(芸⽂社)で、『トラック野郎』シリーズ全作を担当した美術監督・桑名忠之⽒が作成したロケハン記録で撮影当時
を同⽒と振り返る「スクラップブック回想記」を連載。著書に『映画トラック野郎 ⼤全集』、共著に『実録やくざ映画⼤全』(ともに洋泉社)、『アデュ〜 ポルノの帝王 久保新ニの愛と涙と⼤爆笑』(ポット出版)、『不良番⻑浪漫アルバム』(徳間書店)など。「トラック魂(スピリッツ)」(交通タイムス社)で約3年間掲載された連載記事をまとめた『トラック野郎 50年⽬の爆⾛讃歌』を昨年10⽉に刊⾏。

川原和彦(かわはら・かずひこ)
1972年北海道恵庭市出⾝。幼少期からの地図好きと⾞好きが⾼じ、TV放映で観た⼀番星号を始めとするトラックの爆⾛シーンに釘付けとなる。地図好きとトラック野郎好きな⼦供が、⼀番星号の通った軌跡を地図で追っていたのが功を奏し、ロケ地の本格的調査研究をはじめる。1991年札幌学院⼤学⼊学後、映画研究会に所属し、同⼤学卒業後は⾃⾝の趣味を⽣かし、地図調製業を⽣業とし現在に⾄る。
国内Aライセンスを取得し、モータースポーツ(レース・スノートライアル・ジムカーナ等の⾃動⾞技活動)を2000年頃から開始、現在も継続中。全⽇本選⼿権の参加経験あり。
2011年ロケ地の現地調査を本格的に開始する。
2015年リリースのCD『歌え!!トラック野郎』及びCD第2弾『帰ってきた!!トラック野郎』(ユニバーサルジャパン)のサウンドトラックディスクの選曲・掲載データ校正に従事。
2017年に新潟⽇報社がシリーズ5作⽬「度胸⼀番星」の40周年特集記事を掲載するにあたり、ロケ地アドバイザーとして同⾏協⼒したのを機に、同年トラック専⾨雑誌『カミオン』(芸⽂社)の協⼒を得て、⼤⼈の⾃由研究「トラック野郎ロケ地調査」として不定期特集を開始し現在に⾄る。

(執筆者: リットーミュージックと立東舎の中の人)

配信元: ガジェット通信

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