
中国の浙江大学(ZJU)とアメリカのウィスコンシン大学(UW)などの国際共同研究によって、菌を育てて暮らすアリ「セリコミルメックス・アマビリス」が、巣の空気中の二酸化炭素(CO2)をとらえ、自分の体をおおう「石のよろい」に変えていることが示されました。
この石のよろいは、髪の毛の太さの何分の一かという薄さの層となって、働きアリの外骨格のほぼ全体を広くおおっています。
その中の炭素を調べると、空気由来であることが分かり、さらに成分と並び方の点で「ドロマイト」という炭酸塩の岩石にとても近い性質を持つことも示されています。
ドロマイトは、自然界では山や岩として見つかる一方で、低い温度の水の中ではなかなかできないため、地質学の世界で長年議論されてきた“やっかいな鉱物”です。
研究では、アリの体のいちばん外側にあるこの石の層が、地下の巣でたまりやすい二酸化炭素を取りのぞく役目を持ちながら、同時に他のアリとの争いや病原菌から身を守る装甲として働いている可能性があると記述されています。
菌を育てるアリは、葉や花びらを集めて地下でキノコのような菌を栽培し、その菌を主なえさにして生活していますが、その暮らしぶりの裏側で、空気とからだの両方の問題を一つのしかけで処理しているように見えるのです。
では、どうして小さなアリが、地球の長い歴史の中で何百万年もかけて進むような「二酸化炭素が石になる」という反応を、自分の体の上で常温のまま実現できているのでしょうか。
そして、その知恵から私たちは何を学ぶことができるのでしょうか。
研究内容の詳細は、2026年1月22日に生命科学のプレプリント公開サイト「bioRxiv」にて発表されました。
目次
- 石の鎧をまとったアリがいる
- 巣の空気は本当に“鎧”になっていたのか?
- アリの鎧が教えてくれること
石の鎧をまとったアリがいる

二酸化炭素という言葉を聞くと、多くの人は「温暖化の原因」「減らさなければならない悪者」というイメージを持つと思います。
しかし地球全体で見ると、二酸化炭素は長い時間をかけて岩石の中に閉じこめられ、むしろ気候を安定させてきた重要なしくみの一部でもあると考えられています。
地球にある炭素の多くは、石灰岩やドロマイトなどの「炭酸塩の岩」という形で、何百万年ものあいだ眠っているのです。
一方、植物や動物の体に入った炭素は、呼吸や腐敗によって数日から数百年ほどで空気に戻っていきます。
これはいわば「短期預金」の炭素であり、岩石としてたくわえられた炭素は「超長期の定期預金」のような存在です。
二酸化炭素を石の形に変えてしまうことは、地球規模ではこうした長期預金を増やすことにつながります。
そのため、最近では人間の社会でも「二酸化炭素を石にして閉じこめる技術」が気候変動対策として研究されています。
生き物の世界でも、サンゴや貝が炭酸カルシウムから殻や骨格を作るなど、「からだの中で石を作る技術」がいくつも知られています。
その中でも数年前、大きな注目を集めたのが葉切りアリの一種です。
このアリの働きアリは、高い割合のマグネシウムをふくむ炭酸カルシウムの層を外骨格の外側にまとい、そのおかげで他のアリとの戦いや病原菌との闘いで有利になることが報告されました。
今回の主役、セリコミルメックス・アマビリスも同じ「菌類栽培アリ」の仲間です。
彼らは葉や花びらをせっせと運び、地下の巣でキノコのような菌を育て、その菌を主食として暮らしています。
巣は粘土質の土の中に連なった部屋からなり、換気がよくありません。
そのため、多くのアリと菌が呼吸することで二酸化炭素がたまりやすく、ときには生き物にとって有害なレベルに近づくと考えられています。
研究者たちは以前から、このアリの体表が白っぽく見えることに気づいていました。
X線を使って内部を三次元的にのぞくと、外骨格のさらに外側に、密度の高い薄い層がほぼ全身をおおっていることが分かりました。
しかし、その石の層がどこから炭素を得ているのか、葉切りアリのように細菌の助けを借りているのかどうかは分かっていませんでした。
そこで今回研究者たちは、「セリコミルメックス・アマビリスの外側にある石の層の炭素は、巣の空気中の二酸化炭素に由来しているのか」「地下の巣の空気が本当にそのまま鎧にリサイクルされているのか」を確かめることを目的としました。
とくに、小さなコロニーに特別な印を付けた二酸化炭素をふくむ空気を送りこみ、その印が時間とともにどこへたまっていくのかをていねいに追いかけることで、その流れをとらえようとしました。
本当に、地下の巣の空気にふくまれる二酸化炭素が、アリの体の上で「石のよろい」へと姿を変えるようなことが起きているのでしょうか。
巣の空気は本当に“鎧”になっていたのか?

そんなことは本当にあるのでしょうか。
答えを得るために研究者たちはまず、小さなアリのコロニーを気密容器(空気が漏れない容器)に入れ、「重い炭素」の印をつけた特別な二酸化炭素をふくむ空気を送りこむ実験を行いました。
この印のついた二酸化炭素を取りこんで石の材料にすると、その印が鎧の中にたまっていくはずだ、という考えです。
同時に、「どのアリがどれくらい石のよろいを身につけているのか」も調べました。
その結果、若い働きアリやオスにはほとんど石が見られず、巣のゴミ山に捨てられた死んだ働きアリの体には、分厚い石の層が残っていることが分かりました。
地下の菌園には炭酸塩の石はほとんどなく、石は主に成熟した働きアリの体の表面に集中していました。
箱の中の二酸化炭素の濃さと、鎧に入っていく重い炭素の量をくらべると、二酸化炭素の濃さが高いほど、また時間が長いほど、鎧の中にたまる重い炭素が増えることが分かりました。
しかも、実験を始めて三十分という短い時間ですでに、鎧の中の重い炭素が少し増え始めていました。
これは、巣の空気中の二酸化炭素が、短い時間で石に変わり始めることを意味します。
では、その重い炭素は鎧のどこに、どのような形で入っているのでしょうか。
研究者たちは、アリの体を薄く切って断面を作り、表面から内側へ向かって重い炭素の分布を調べました。
その画像を見ると、重い炭素は外骨格のさらに外側にある石の層にくっきりと集中しており、内側の外骨格の本体側にはあまり入っていませんでした。
さらに、固体の中の分子の状態を調べる方法を用いると、二酸化炭素がいったん重炭酸という中間的な形になり、そこから炭酸塩の石へと変わっていることも示されました。
巣の空気中の二酸化炭素が体表で化学反応を起こし、石の材料になっていることを直接示す証拠です。
次に研究者たちは、「その石そのものは何でできているのか」をくわしく調べました。
電子顕微鏡で見ると、アリの体表には小さなひし形の結晶がびっしりとならび、その断面を詳しく調べると、カルシウムとマグネシウムが交互の層を作るように部分的に並んでいることが分かりました。
さらに、光を当てて結晶の振るえ方を見る方法や、粉末にしてX線を当てる方法でも、この結晶がドロマイトという炭酸塩の岩石とほぼ同じふるまいを示すことが確かめられました。
また鉱物層の厚さはおおよそ7~20 μmで、より防御で重要な背側は腹側よりも厚い傾向にありました。
成分を正確に測ると、この鎧はおよそ42〜45モルパーセントという高い割合のマグネシウムをふくみ、組成としても現代のドロマイトにとても近いことが分かりました。
また硬さを測ると、このアリの鎧はふつうの石灰岩より硬く、ドロマイトに近い値を示しました。
マグネシウムを多くふくむほど硬くなるという傾向も、他の試料とあわせて確認されています。
これらの結果をまとめると、地下の巣の空気中にふくまれる二酸化炭素が、アリの体のいちばん外側で重炭酸をへて炭酸塩の石に変わり、その石がカルシウムとマグネシウムをふくむドロマイトに近い鎧として広くまとわりついている、という流れが浮かび上がります。
カルシウムとマグネシウム自体は、アリが育てている菌やえさから取りこんだものが使われていると考えられますが、炭素については空気中の二酸化炭素が主要な供給源であることが示されました。
アリは、巣の中で増えすぎると有害になりうる二酸化炭素を、体の外側で石として固定しながら、自分の装甲も強化していると解釈することができます。

