
人はどうすれば物事をよく覚えられるのでしょうか。
心理学では長年この問いが研究されてきました。
例えば、ある単語が「心地よいか不快か」を考えたり、「過酷な環境で生き延びるのに役立つか」を想像したりすると、より記憶しやすいことが知られています。
ところが米ミシシッピ大学(University of Mississippi)の研究チームは、こうした方法に匹敵する、ある意外な記憶法を報告しました。
それは、「物語を作ること」です。
この研究は2026年2月6日付の『Evolutionary Psychology』に掲載されました。
目次
- 「物語を作る」ことで記憶しやすくなると判明
- なぜ物語は記憶を強くするのか?
「物語を作る」ことで記憶しやすくなると判明
人間の記憶は、ただ情報を眺めるだけでは強く残りません。
心理学では、情報の意味をしっかり考えるほど記憶が強くなることが知られています。
こうした考え方の中でよく使われてきたのが、単語を「快いか不快か」で評価する pleasantness processing です。
例えば「バラ」という単語なら「良い印象」「きれい」と感じるか、「トゲがあって危ない」と感じるかを考える、といった具合です。
一方で、近年とくに強い効果で知られてきたのが survival processingです。
参加者は「自分が見知らぬ草原に取り残され、食べ物や水を確保し、捕食者から身を守らなければならない」と想像しながら、提示された単語がその状況でどれほど役立つかを考えます。
この方法は、他の深い処理課題よりも高い記憶成績を示すことが多いことで知られています。
しかし研究者たちは、ここで別の疑問を持ちました。
人間は昔から、神話や伝承、昔話のような物語を通して知識や経験を伝えてきました。
そう考えると、物語という形式そのものが、記憶に向いた仕組みを持っていてもおかしくありません。
そこで研究チームは、単語を物語に組み込むこと自体が、強力な記憶効果を生むのではないかと考えました。
研究では4つの実験が行われ、参加者は合計で380人を超えました。
使われたのは、互いにほとんど関係のない20〜30個の名詞です。
例えば論文には「diamond(ダイヤモンド)」「carrot(ニンジン)」「chair(椅子)」「dollar(ドル)」「house(家)」といった単語が挙げられています。
参加者はそれらを覚える際に、「快・不快を考える」、「生存状況での役立ち方を考える」、あるいは「単語を使って短い物語を作る」、という条件に分けられました。
その結果はかなり明確でした。
4つの実験を通じて、物語を作った参加者は 快・不快を考えた参加者より多くの単語を思い出しました。
さらに 「物語を作る」成績は 「生存状況での役立ち方を考える」成績を比べると、実験1では 前者のほうが 後者より高い成績を示しました。
実験2、3、4では両者の差は統計的に有意ではなく、おおむね同等とみなせる結果でした。
つまり、バラバラの単語をただ眺めるのではなく、「ひとつの話」としてつなげることで、人はかなり強く覚えられる可能性が示されたのです。
では、なぜ「物語を作る」ことが記憶に役立つのでしょうか。
なぜ物語は記憶を強くするのか?
研究者たちはさらに一歩進めて、story processing(物語処理) と survival processing(生存処理) を組み合わせたらどうなるかも調べました。
もし両者が別々の仕組みで記憶を高めているなら、組み合わせればもっと成績が上がりそうです。
そこで追加実験では、「草原で生き延びる状況を想像しながら、提示された単語を使って短い物語を書く」という条件が作られました。
ところが結果は意外でした。
生存処理と物語処理を組み合わせても、記憶成績はそれほど上がらなかったのです。
研究者たちはこの結果を、両者がかなり似た認知メカニズムを使っている可能性を示すものだと解釈しています。
では、今回新しく記憶に役立つことが判明した「物語を作る方法」は、なぜ効果的なのでしょうか。
研究者らは、少なくとも2種類の処理が関わっている可能性が示しています。
ひとつは、複数の情報のつながりを捉える関係処理です。
物語を作ると、単語同士をばらばらのままにせず、「何がどこでどうつながるのか」を考えることになります。
もうひとつは、各単語の違いや特徴に注目して覚える単語ごとの特徴に注目する処理です。
つまり物語は、情報の「つながり」と「個性」の両方を同時に意識させるため、記憶に残りやすいのだと考えられます。
人類は文字を持つ以前から、危険な出来事や生き延びるための知恵を、歌や伝承、物語の形で伝えてきました。
こうした歴史を踏まえると、人間の記憶が物語に適応していても不思議ではないと研究者たちは考えています。
この研究は教育への示唆も持っています。
もちろん今回の実験は無関係な名詞リストを使ったもので、授業そのものを直接調べたわけではありません。
ですが、情報を物語の形で整理すると覚えやすくなる可能性が示されたことで、講義や学習内容の伝え方にもヒントが生まれます。
私たちは、ただ情報を暗記するよりも、そこに筋道や場面や流れがあるほうが覚えやすいのです。
最強の記憶術とは、情報を“物語に変えること”なのかもしれません。
参考文献
Storytelling may be a key to boosting memory
https://medicalxpress.com/news/2026-03-storytelling-key-boosting-memory.html
元論文
Adaptive Memory: Story Processing Improves Recall Performance
https://doi.org/10.1177/14747049261421967
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

