2022年に安倍晋三元首相が銃撃される事件が起き、「宗教2世」の問題が社会に突きつけられた。かつてオウムの中で幼少期を過ごした加奈さん(仮名)もまた、宗教のもとに生まれた「2世」のひとりだ。事件のニュースを見ながら、彼女はある思いを抱いたという。「山上被告のようにならなかったかと言われたら、それはわからない」。オウムの子として生きてきた彼女が語る「宗教2世」の現実とは…
「オウム真理教の子どもたち 知られざる30年」より一部を抜粋、編集してお届けする。
オウム幹部死刑と安倍元首相銃撃事件
オウムから離れ、地元で平穏な日々を送るなかで、加奈さんが自分の過去と向き合う機会が二度あった。
一度目は、2018年7月、麻原彰晃以下、教団幹部13人の死刑が執行されたときだ。ニュースを見ても加奈さんが動じることはなく、「感情の波も何もないくらい、へぇっていう感じでした」と振り返る。
かつては神聖で、絶対的な権力者だった麻原の死は、もはや加奈さんの人生に何の影響も与えることはなくなっていたのだ。しかし─。
「どこかふわっと持っていた自分のルーツみたいなものが、明確に否定されたなという感じ。やっぱり、オウムの中で過ごしていたあの時期は、一般的には間違っていた期間なんだなとか、あそこでつくっていた世界は、間違った世界だったんだなということが突きつけられたという感じです」
13人の元死刑囚の中には、教団内でよく見かけていた顔もあった。どこか遠い麻原の死よりも、「体育の先生のような、怖いけど優しいお兄さん」が凶悪事件の実行犯として死刑になったことのほうが、加奈さんの心に残った。
事件に関わっていたわけでもなく、ただ子どもの一時期をオウムの中で過ごしていただけにすぎないが、教団の犯罪を再認識した出来事だった。
二度目は2022年7月、安倍元首相の銃撃事件が起きたときのことだ。
山上徹也被告は捜査段階で「旧・統一教会に恨みがあり、元首相がこの団体と近しい関係にあると思い、狙った」という趣旨の供述をしていた。その後の調べで、母親が旧・統一教会に多額の献金をしていたことも判明した。
山上被告の供述をきっかけに、親が信仰する宗教を理由に子どもが困難を抱える、いわゆる「宗教2世」の問題がにわかに注目された。旧・統一教会、エホバの証人など、声を上げる「2世」が出てきたが、加奈さんはどこか他人事と思えなかったという。
「普通の人に共感してもらえないという悩みは一緒ですね。やっぱりベースに宗教がある人の苦悩は、どんなに説明しても理解してもらえないんです。ぶつける先、発散先がなかったがゆえの最終結果だと思いました。
私自身はうまいこと、なんとかいい感じにやっていますけど、じゃあ、山上被告のようにならなかったかというと、それはそれでわからないじゃないですか。同じ2世の子でも、ぶつけ方が違ったら、同じ結果が出た可能性もあるよな、と思います」
オウムの子がほかの「宗教2世」と決定的に異なる部分
ただし、オウムの子はほかの宗教の場合と決定的に異なる部分もあると感じている。それは、前代未聞の凶悪犯罪を起こしたという点と、教団内で出家生活を強いられたということだ。
加奈さんはこれまで、「2ちゃんねる」などのインターネット掲示板、旧・Twitter(現・X)などのSNSで、オウムが人々の間でどのように語られているのか、つぶさにチェックしてきた。事件を起こした危険な犯罪集団─という書き込みがほとんどで、子どもに関するものはなかった。
ここ数年、「宗教2世」の問題に光が当たるなかで、「オウムの子」に関するニュースや記事は、ほとんど見かけることはない。地下鉄サリン事件など、大きな犯罪を起こした「テロ集団」であるという事実が、オウムの子に声を上げにくくさせているのではないかと加奈さんはみている。
加奈さんはこれまでに何度か、ブログなどで自身の経験を発信しようと考えたことがあった。事件の内幕ではなく、子どもの目から見た教団内の暮らしを何らかの形で書き残しておきたいという思いからだった。
「危険なテロ集団」の中には100人以上の子どもがいて、日々の暮らしを送っていたことを伝えたかった。しかし、どうしても書けなかった。
「ずっと隠すことに一生懸命になってきたので、うまく発信することができないんですよ。人に言わないという選択をしてきたので、何をどうやって書けばいいのかわからないんです」
自分だけではなく、多くの子どもたちが同じように自らの過去を隠し、息を潜めて生きているのではないかと思う。だからこそ「オウムの子」が、いわゆる「2世問題」のひとつとして顕在化することはないと、加奈さんは考えている。
山上被告は旧・統一教会に強い恨みを抱いていた。しかし、加奈さんは、社会人になってから「親の人生や教団にいつまでも引っ張られるのは違うと思う」と考えを改め、今の暮らしを築き上げてきた。
もちろん、そこに至るまでの間にさまざまな葛藤はあったが、自分の努力で乗り越えてきたという自負がある。

