「DANGER」
新潮社/2530円
4月9日に発表される「2026年本屋大賞」に長編小説「PRIZE―プライズ―」(文藝春秋)がノミネートされている直木賞作家の村山由佳氏。最新作は、バレエとシベリア抑留という2つの軸を交差させながら、戦争と人間の尊厳を多層的に描いた超大作だ。
484ページを書き終えた村山氏は「本書は非常に特別な作品になった」と、次のように明かす。
「作品のテーマであるシベリア抑留は、作家の五木寛之先生から『いつか必ず書かないとね』と言われていた題材です。私の父はシベリア抑留者で、私は子供の頃から戦争体験や、シベリアでの話を断片的に聞いて育ちました。シベリアの風景や寒さの話は強く印象に残っていましたが、大人になるにつれて、それがどういう出来事だったのか、少しずつ理解できるようになってきました。シベリア抑留という国家的悲劇について書ける人は、少なくなっています。戦争を知る親を持ち、一方で若い読者を持つ書き手である私が、このテーマを書かないことは怠慢ではないかという思いも強く持っていました。今の時代にこの作品を書けたことは、大きな意味があったと思っています」
物語は90年代初め、記者の長瀬一平と編集者の水野果耶がバレエ団の来日公演に合わせて、バレエダンサーの草分け的存在で世界的振付家・久我一臣にインタビューをするところから始まる。その取材の中で過酷なシベリア抑留経験について聞くことになる─。
作中で描かれる久我のリアルな抑留体験は村山氏の「父の残した記録に基づいている」という。
「氷点下の極寒の環境下で、森林の伐採、炭鉱の採掘、鉄道敷設など、バレエの要素を除けば、久我の抑留体験の多くの部分は、父の手記の内容と重なる部分が多いです。その手記は父が80歳を超えて書いたもので、どこかで私に託してくれる気持ちがあったのかもしれません」
一方で、久我のバレエに対する情熱が、物語に独自の広がりを与えている。
「題材としてバレエを選んだのは、担当編集者に提案されたことがきっかけです。執筆にあたり大人のバレエ教室にも通いましたけど、長続きはしませんでした(笑)。バレエの資料を読み進めていたところ、戦時中に日本に亡命したバレリーナのエリアナ・パヴロヴァにたどり着きました」
執筆する過程では、今までに経験したことがない苦労も味わった。
「私はセリフも地の文も声に出して書くので、その人物を自分の中に降ろさないと書けないんです。シベリア抑留の場面に登場する若い従軍看護婦たちが、ソ連兵に傷つけられ、尊厳を奪われる場面を書いている時は、比喩ではなく、体が痛くてつらくなりました。こんな経験は初めてです」
村山氏は「単純な反戦文学として受け取ってほしいわけではない」と前置きしてこう語る。
「テーマだけ聞くと重く感じるかもしれませんが、読み終えたあと、きっとそれまでとは何かが変わるはずです。例えば皆さんがアサヒ芸能をこうして読めるのも、日本が平和だからです。その幸運と同時に、それは黙っていても誰かが与えてくれるものではないことも感じてほしいです」
〈原悟平〉
村山由佳(むらやま・ゆか)1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒。会社勤務などを経て作家デビュー。93年「天使の卵―エンジェルス・エッグ」で小説すばる新人賞、03年「星々の舟」で直木賞、09年「ダブル・ファンタジー」で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞、21年「風よ あらしよ」で吉川英治文学賞を受賞。

