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【エンタメ】エバースが語るM-1決勝の裏側! 「ハズレくじ」から始まったコンビ結成10年の軌跡

【エンタメ】エバースが語るM-1決勝の裏側! 「ハズレくじ」から始まったコンビ結成10年の軌跡

エバース(写真左・佐々木隆史、右・町田和樹)

『M―1グランプリ2025』で最終決戦まで進出したお笑いコンビ・エバース。決勝で披露したネタは大きな反響を呼び、実力派漫才師としての評価を決定づけた。結成10年目を迎えた2人が、下積み時代の苦労、コンビ結成秘話、そしてM―1への思いを率直に語る!

──2025年のM─1は最終決戦まで進みましたが、惜しくも優勝を逃しました。決勝ファーストラウンドで披露した、町田和樹さんが「ルンバ車」になるというネタが高評価だっただけに、悔しかったのでは?

佐々木隆史 優勝できなかった悔しさよりも、ネタを完璧に用意して臨めなかったのが心残りでした。当時、ギリギリまでどのネタをやるか決めきれなくて、2本目の「腹話術」は町田の意見に乗ってやってみたんですけど、結果的にうまくいかなくて。不完全燃焼だったので今年も頑張ろうと思ったし、チャンピオンになるなら、自分たちにとって完璧な2本で取りたいという気持ちになりました。

──エバースは佐々木さんがネタを書いて、町田さんがひたすらそれに合わせていくスタイルなんですよね。

町田 そうです。芸人としてもそうですが、俺は子供のころからずっと合わせる側なんです(笑)。体が大きいからイジメられることはなかったですけど、仲間内からイジられるポジションではありましたし、適当にやり過ごすことも多くて。

──佐々木さんは小学生時代、どんな子供でしたか?

佐々木 僕は背が低かったんですけど、スポーツができたので、クラスでは人気者でしたね。小学校2年生から少年野球を始め、学生時代はずっと野球に打ち込みました。

──中学生時代には投手として宮城県選抜に選ばれ、高校でも野球部のキャプテンを務めたとか。プロも目指していた?

佐々木 いや、それほど野球の才能はないと自覚していました。ただ、野球自体が好きだから、やれるところまでやってみようと。スポーツ推薦で大学にも入りましたけど、その先はあまり考えてなかったですね。

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志望動機はキャバ嬢に「面白い」と言われて!?

エバース・町田和樹

──町田さんはどんな学生時代を過ごしましたか?

町田 俺は目標が何もなかったですね。中学のときに反抗期になって、家出して公園で寝たこともありますけど、不良というほどでもない。高校も中退しましたが、別に悪いことをしたとかじゃなくて、出席日数が足りなくて留年しちゃって、後輩と一緒に授業を受けるのが恥ずかしくて辞めただけなんです。

──町田さんのNSC入学は20代前半。それまで何をされていたんですか?

町田 自動車ディーラーに就職して、営業の仕事をしてました。高齢のお客さんにかわいがっていただいて、そこそこ成績もよかったんですよ。20歳くらいでお金もあったんで、それでキャバクラみたいな夜遊びを覚えましたね。

──2人が芸人になろうと思ったきっかけは?

佐々木 大学を卒業して就職するのが嫌すぎて。何か夢があればしばらくは働かなくても許されるかなと思って、好きだった芸人を目指そうと思いました。
町田 俺はキャバクラ嬢から面白いって言われていたんで、それで勘違いしてお笑いやってみようかと…。キャバクラはこっちがお金を払っているから、褒めてくれて当然なんですけどね。

──そんなお二人がNSCに入学し、出会うわけですね。お互いの第一印象を教えてください。

町田 最初のネタ見せの授業はお互い別々のコンビで出てたんですけど、一番ウケていたのが佐々木のコンビでしたね。

佐々木 町田のコンビは一番ウケてなくて、「スベってるダサいやつがいるな」というのが第一印象。顔もブスだし、髪型も私服もモテようとしてる感じが出ていて、なんかダセぇやついるな、みたいな(笑)。

──町田さんのキャラは、当時から確立されていたんですね(笑)。そんな2人が、なぜコンビを組むことに?

町田 しばらくして「相方探しの会」があって、そこで佐々木と話して、組んでみようとなったんです。俺からしたら、ネタ見せで一番ウケていたやつが組んでくれたんで、ラッキーでした。
佐々木 僕はマジでハズレくじを引いたと思いましたよ。町田は普段、しゃべっていてもあんまり面白くなかったし、プライドも高かったし。別に一生コンビを組む感じでもなかったんで、そのときは一旦組んでみるか、ぐらいの感覚でしたね。

屁理屈とイジりから生まれた「最強の漫才スタイル」

エバース・佐々木隆史

──とはいえ、現在までコンビ活動を続けています。やっていくうちに手応えを感じたわけですね。

佐々木 いや、NSC中はまったく手応えなかったですね。ネタとか以前に「芸人としてそれはないだろ」みたいな点が多かったので、少しずつ町田のことを矯正して…。雑にイジると、すぐ「お前もだろ!」とか返してくるんで、まずはそのプライドをへし折るみたいな(笑)。最初の数年は、そういうお互いの関係性を固める作業でしたね。

──野球部のキャプテンを務めただけあり、人を扱うのは得意ですね。NSC卒業後、本格的に活動を始め、現在はコンビ結成10年目。下積み時代は大変でした?

町田 大変というか、そもそも何をすればいいのか分からなかった。劇場に入れてもらってもピラミッドの一番下のポジションで、ライブに月2〜3回出るだけ。ネタも1〜2分だったんで、手応えもなかったです。
佐々木 最初の3~4年はそんな毎日で、本当にウンともスンともいかなかった。チケットのノルマがあって、こっちがお金を払って出るみたいなライブばかりで、バイトしないと生きていけないし。

──諦めなかった理由は?

町田 お客さんにはそこまでウケてなかったですけど、作家さんとか芸人仲間で面白いと言ってくれる人がいたので、それでなんとか。
佐々木 面白いことはできてるのかな、と。それがお客さんに伝わっていないだけだから、その作業さえできればウケるのかなと思ったんです。それから少しずつコンビの関係性をネタの中で出すようにして、嫌がっている町田を屁理屈で丸め込んでいくみたいなネタをするようになったら、お客さん的に見やすくなったのか、ウケるようになりましたね。
町田 7年目ぐらいから劇場の上位クラスに行けて、賞レースでも結果が少しずつ出てきました。それにM―1優勝という大きな目標があったので、ひたすらそれを目指してました。

──エバースの実力を世に知らしめたのが2023年のM―1で、決勝戦最後の枠を争った敗者復活戦。多くのお笑いファンがエバースの面白さに気付き、翌年は初の決勝進出を果たし、人気が一気に高まりました。

佐々木 そのくらいの時期から、いろんな場面で声かけてもらうことが増えました。経済的にも、同世代のちゃんと働いてる人くらいの生活はできるようになった感じです。

配信元: 週刊実話WEB

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