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オートレース創世記の聖地を訪ねて、天王川へ。11月23日激レア旧車が集った1日をレポート!

2025年11月23日、愛知県津島市・天王川公園にてVINTAGE BIKE RUN in TSUSHIMAが開催された。大正15年から昭和42年までオートレースの舞台として栄えたこの地は、当時のオーバルコースの輪郭を今なお留める、稀有な存在である。そして、天王川の歴史的背景を現在に継承すべく、国内に現存する国内外の旧車が大集結。今回は当日の模様をお届けする。かつて、轟音と土煙に包まれた聖地に、往時の記憶が静かに蘇るだろう。

レース史の創世記を知る天王川の歴史の継承。

愛知県津島市の天王川公園は、戦前から昭和42年に至るまでオートレースが開催された場所である。愛知県は日本の二輪史において重要な役割を担ってきた地域のひとつ。創世記から多くのメーカーや関連産業が根を張り、レース文化とも結びつきが強く、その後の国産バイクの発展の礎となった。

海外では「Win on Sunday, Sell on Monday」という言葉があるように、レース実績が何よりのプロモーションであり、レースで勝つことがバイクの販売台数に直結する。戦前の日本はバイク後進国だが発展期は日本も同様、天王川公園はオートレースの初期からその舞台として活躍した場所なのだ。

戦後も全国各地でオートレースは続いたが、戦災や高度経済成長期の都市開発により、その多くの舞台は姿を消したため、天王川公園は、当時のオーバル路を今も残すほぼ唯一の存在だ。

そんな津島・天王川が誇る歴史を守り、次世代へと受け継ぐため、東海地方の旧車愛好家たちとわっかプロジェクトが中心となり、2018年に『ビンテージバイクラン in 津島』がスタートした。今回で8回目の開催を迎え、年によってはオーバル路の一部を用いた走行会が行われたこともあるが、今回は園内工事の影響により走行は叶わず、展示とステージイベントが主軸となった。

しかし、会場に並んだ約80台のヴィンテージバイクが放つ存在感は圧巻で、かつて天王川のレースを実際に走ったレースマシンも含まれるその内容は、屋外イベントでありながら博物館級と呼ぶに相応しいものだった。勝敗を競うレースやショー形式のイベントとは異なり、緊迫感とは無縁のアットホームな雰囲気で、近隣住民から遠方の旧車ファンまでが集う、穏やかな空気に包まれた一日となった。

天王川公園のダートオーバルでレースが幕を開けたのは大正15年(1926年)。次回開催予定の2026年は100周年という節目にあたる。主催者たちが思い描くのは、再びこの地でヴィンテージバイクを走らせること。当時と同じコースを走り、往年の光景に想いを重ねながら、歴史を体感し共有することにある。日本のオートレース史の断片を現代に伝える天王川は、今もなお旧車愛好家たちにとって特別な意味を持つ場所であり続けている。

ニッポン・レース史創世記の疾走の痕跡が残る場所。

上の写真は1955年11月に開催された、天王川公園オートレースでの一枚。コースの内側は池になっているが、当時の形がそのまま残されている貴重な場所。レースでは内側ギリギリのラインを走るため、池に落ちてしまうライダーも少なくなかったという。

上の写真は昭和5年5月18日に撮影されたスタート直前の様子。白シャツにネクタイを締め、上からニットを重ねる姿が戦前レースの姿を表している。今回は展示車両のオーナーや関係者たちで当時の写真を模倣した撮影を行なった。

1930年7月発行の雑誌『Harley-Davidson Enthusiast』に掲載された第5回天王川レースのレポート記事。戦前のレースはほぼ欧米メーカーの車両でレースが行われた。

1967年10月8日、「第19回全日本ダートトラックレース津島大会」で行われた30レースのうちのひとつで、12選手が出走した混合レースの一葉。この大会をもって1926年から続いた天王川でのレースは幕を閉じた。

津島のレジェンドライダー、伊藤憲尚選手の1955年の姿。6歳からレースを始めて間も無く、10歳未満の少年が20歳前の選手を破って優勝。それ以来、津島のレジェンドとして語り継がれている。

配信元: Dig-it

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