フットボールアリーナ内に建てられた大型仮設センターコートが、波乱の予感に震えた。
ソーシャルメディアでは、「初のトップ10選手との対戦。滑り出し、上々!」「164位が10位相手に番狂わせを演じるか!?」などの文字が躍る。
男子テニスツアーATP1000シリーズ「マイアミ・オープン」2回戦の、坂本怜対ダニール・メドベージェフ。2本のブレークポイントを取られながらもサービスゲームを全てキープし、1度のセットポイントを凌いだ末に、坂本が7-6(10)でファーストセットをつかみ取った時のことだ。
「自分がやるべきことをまずやって、ワンチャンあれば、つかんでいきたいなと思います」
メドベージェフとの対戦が決まった時、坂本はことさら興奮する様子もなく、そう言った。
「まあチャンスは、ほぼないんじゃないですかねぇ」
本音か煙幕か、笑みを浮かべてそうも言う。
ただ実際には、彼は勝利への戦略を思い描き、重い扉を押し開けるべく、試合開始直後からフルスロットルで走った。
戦術の1つは「バックの打ち合いを避け、基本はフォアを狙う」こと。その上で「積極的に前に出て、ネットを取ること」を心掛けた。
思い描いたそのプレーを、彼はコート上で見事に体現する。時速200キロ超えのサービスで先手を取り、鋭い軌道のストロークを左右に深く打ち込み、浅いボールを迷いなく叩き込んだ。相手を後方へと押し込んだ後、ドロップショットで揺さぶりもした。
タイブレークでは、ダブルフォールトで最初のセットポイントを逃すも、下を向くことはない。勇猛に攻める長身の19歳を、観客も後押しした。最後は激しい打ち合いから、スライスでペースを緩めミスを誘う。先週の「BNPパリバ・オープン」準優勝者のメドベージェフから、坂本がセットをもぎ取った。
第2セットも坂本は、走る足を緩めない。第3ゲームではリターンで攻め立て、3度のブレークチャンスを手にした。ただ、その機を逃した坂本の心のエアポケットを、世界10位は見逃さない。ポジションを上げたメドベージェフは、確率が落ちてきた坂本のサービスを深く打ち返し、第6ゲームで初のブレークを奪った。
張り詰めた心の糸で保っていた均衡が崩れたこの時、坂本の勢いが、つと止まった。一方、坂本のボールにも慣れてきた第9シードは、ここで一気にプレーの質を上げる。最終スコアは、6-7(10)、6-3、6-1。元世界1位の30歳が、最後は実力と経験を存分に発揮した。
「力の差は、明らかにありましたね。でも、やれることはやったんで、すっきりはしています」
試合後の坂本は、清々しいまでの表情でそう言った。
「ペース配分を考えて勝てるわけもないので、最初から全力でいきました。セカンドセットの途中から、ちょっとずつ集中力が落ちてきたかなと思います。身体というより、集中力のスタミナがもたなかったですね。120%でずっとやっていたので、それが2時間持つわけもなく」
明瞭に振り返りつつも、「セカンドセットの1-1のゲームでブレークしてたら、また変わったかもしれないですけど......」と小さな悔いもこぼす。ただ事の本質を、彼はそこには求めていないようでもあった。
「120%の自分を毎日コートで出せるようにしていけば、どんどん、どんどん成長していけると思う」
今現在は力の差がある事実を認識した上で、いつか伍して戦える未来に彼は目を向けていた。
そのためにも今後の彼は、「ATPツアーにチャレンジしていく」と明言。
「心地のいい環境ではなく、少し自分をプッシュしないと付いていけない環境にいることが、一番成長につながると思う。大会のレベルを落とせば、その時はポイントを稼げるかもしれないけれど、テニス自体は成長していないんで。基本的に、上の舞台にチャレンジしていきたいと思っています」
トップ10選手相手にも、自分のプレーが通用することを確認できた。
「今回はメドベージェフから1セット取れた。自分が120%でプレーすれば、ワンチャン届くよっていうのは知れたので、それは、ここから頑張るモチベーションになります」
取るべき手法への手応え。進むべき道への確信。
夢への長い階段を上り始めたばかりの19歳にとって、それらは、1つの金星以上に価値ある収穫だったかもしれない。
現地取材・文●内田暁
【動画】坂本怜がメドベージェフからセットを奪う健闘を見せたマイアミ・オープン2回戦ハイライト
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