2002年生まれのサラブレッドには2頭のスーパーホースがいる。1頭はもはや説明の暇がないほどの賞賛を受け尽くしたサンデーサイレンス産駒のディープインパクト。そしてもう1頭は、GⅠのジャパンカップダート(現チャンピオンズカップ)2勝など、ダートで目覚ましい活躍を見せたフジキセキ産駒、つまりサンデーサイレンスの孫世代にあたるカネヒキリである。2頭にはともにノーザンファームの生産馬、㈱金子真人ホールディングスの所有馬であった。
栗東トレーニング・センターの角居勝彦厩舎へ預託されたカネヒキリは、新潟の芝1400m戦でデビュー。ここを4着に敗れると、続く小倉の未勝利戦(芝1800m)も11着と大敗。そこで稽古駆けする彼の馬場適性を鑑みてダート路線へと転じる。すると走りは一変。3戦目となる京都の未勝利戦(ダート1800m)戦で2着を7馬身も千切る圧勝を飾ると、続く500万下(現1勝クラス)の中山ダート1800m戦では2着に1秒8もの差を付ける大差勝ちを収めて、一躍、注目の的となった。
そのあと、クラシック出走をかけて臨んだ芝の毎日杯(GⅢ)を7着に敗れると以降、陣営はダートに専念。端午ステークス(OP)、ユニコーンステークス(GⅢ)、ジャパンダートダービー(JpnⅠ)、ダービーグランプリ(JpnⅠ)と4連勝で3歳ダート戦線の頂点に立った。
その後はいよいよ強者が顔を揃える古馬陣との対戦になる。10月末、古馬との初対戦になる武蔵野ステークス(GⅢ)は不覚にも同年齢のサンライズバッカスに後れをとって2着に敗れる。
しかし続くジャパンカップダート(GⅠ、東京2100m)では中団から豪脚を繰り出して追い込むと、逃げ込みをはかる4歳のシーキングザダイヤをハナ差捉えて優勝。ついにダート戦線の統一を成し遂げ、2008年度のJRA賞において最優秀ダートホースに選出されるとともに、交流JpnⅠを2勝した栄誉を讃えて、地方競馬の表彰制度であるNAR賞でダートグレード競走最優秀馬のタイトルを贈られた。 4歳になったカネヒキリは、2006年の初戦であるフェブラリーステークス(GⅠ)でシーキングザダイヤを3馬身差で退けて優勝。ドバイワールドカップ(GⅠ)では4着に敗れたのち、帰国初戦の帝王賞(JpnⅠ)で船橋のアジュディミツオーに逃げ切られて2着となる。
その後、マイルチャンピオンシップ南部杯(JpnⅠ)に向けて調整されていたが、そんな彼を試練が襲う。右前肢に屈腱炎を発症し休養を余儀なくされたのである。そして1年以上の療養を経て2007年の9月に栗東トレーニング・センターへ帰厩するが、実戦へ向けての調整中に屈腱炎を再発。ここで陣営は王者の復活へ向けて新たな試みに取り組むことになる。
JRA競走馬総合研究所ではその頃、屈腱炎の新たな治療法として幹細胞移植(ステムセル移植)が研究されていた。これは体内から取り出した自身の幹細胞を培養し、それを屈腱炎の患部へ移植。腱の再生を促すのである。研究結果では、再生した腱は罹患前までの強度は持たないが、かなりの効果が上がることが確認されていた。進取の気性に富む角居調教師ら陣営はこの手法に賭けることを決断し、カネヒキリにはJRA総合研究所と社台ホースクリニックの共同作業でこの治療が施されたのである。
カネヒキリが戦列へ復帰を果たしたのは実に2年4か月ぶり、2008年11月の武蔵野ステークスでのこと。馬齢は6歳になっていた。このレースで彼は中団を進んだが、進路を塞がれたこともあって終いの伸びを欠き、9着に敗れてしまう。
しかし、カネヒキリは不屈の馬だった。長期休養明けをひと叩きされて臨んだジャパンカップダートで彼の走りは一変する。
元王者が不在の間にダート界を席巻していたヴァーミリアンが1番人気に推され、阪神の1800mに舞台を移したこのレース。4番人気となったカネヒキリは5番手という好位置を取ると、馬群の内へ潜り込んでロスなく追走した。そして迎えた直線。サクセスブロッケン、カジノドライヴが早めの仕掛けで先を争うところへカネヒキリはインから馬群を抜け出し、メイショウトウコン、ヴァーミリアンの猛追をわずかにしのぎ切ってトップでゴール。本競走2度目の制覇を、2006年のフェブラリーステークス以来となる2年10か月ぶりの勝利で達成したのである。
復活を果たしたカネヒキリは、次走の東京大賞典(JpnⅠ)でもヴァーミリアンをクビ差で下して連勝。この年のJRA賞で自身2度目となる最優秀ダートホースに選出され、同時にNAR賞でダートグレード競走特別賞を贈られた。
翌2009年1月の川崎記念(JpnⅠ)も制したカネヒキリは、その後GⅠレースの勝利こそ挙げられなかったがコンスタントに上位争いを演じ続け、左第3指骨の骨折でさらに1年の休養を経ながら、2010年のマーキュリーカップ(JpnⅢ)に優勝。次走のブリーダーズゴールドカップ(JpnⅡ)で2着したあとに屈腱炎の再々発が認められたため、現役からの引退が決まった。
屈腱炎という大きな故障から復活を遂げたカネヒキリは、不屈の魂と科学が融合するなかで成功を収めた稀有なスーパーホースとして、今も高く評価され続けている。
文●三好達彦
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