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小瓶や淋しい寺も 『ばけばけ』ヘブンからトキへの「遺言」はほぼ史実通り? 残された時間は…

小瓶や淋しい寺も 『ばけばけ』ヘブンからトキへの「遺言」はほぼ史実通り? 残された時間は…


『連続テレビ小説 ばけばけ Part1 NHKドラマ・ガイド』(NHK出版)

【画像】え、「かわいすぎるだろ」「目鼻立ちキレイすぎ」 コチラが小泉八雲とセツの子供たち(3男1女)の「幼少期」の姿です

淋しい寺はどこ?

 連続テレビ小説『ばけばけ』第25週116話では、主人公「雨清水トキ(演:高石あかり)」に、夫「雨清水八雲(レフカダ・ヘブン/演:トミー・バストウ)」が「遺言」を語りました。心臓に異変があったヘブンのトキへの言葉は、モデルの小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が妻・小泉セツに残したものとおおむね一致しています。

 ハーンは1904年9月26日の20時頃、狭心症により54歳でこの世を去りました。セツはその10年後、回想録『思ひ出の記』を発表しています。セツが口述で語った内容をまとめたのは、同じ松江出身の歴史学者で小泉家によく出入りしていた三成重敬という人物で、彼の説得によってセツが生前のハーンに関する貴重な資料を残すことになりました。

 熊本や神戸にいた時、知人への手紙ですでに体調に不安があると書いていたハーンは、死の1週間前の9月19日にも心臓の発作を起こしています。

『思ひ出の記』では、19日とそれ以降の日々に関して詳細に語られていました。一部を抜粋すると

「三十七年九月十九日の午後三時頃、私が書斎に参りますと、(ハーンが)胸に手をあてて静かにあちこち歩いていますから『あなたお悪いのですか』と尋ねますと『私、新しい病気を得ました』と申しました。」

「ところが数分たちまして痛みが消えました。『私行水をして見たい』と申しました。冷水でとの事で湯殿に参りまして水行水を致しました」

「痛みはすっかりよくなりまして『奇妙です、私今十分よきです』と申しまして『ママさん、病、私から行きました。ウイスキー少し如何ですか』と申しますから、私は心臓病にウイスキー、よくなかろうと心配致しましたが、大丈夫と申しますから『少し心配です。しかし大層欲しいならば水を割って上げましょう』と申しまして、与えました。コップに口をつけまして『私もう死にません』と云って、大層私を安心させました」

 と書かれていました。一度回復したハーンが、セツに心配をかけないようにしていたことも分かります。

 また、ハーンは19日に発作を起こした後、セツの縁戚である法学者・梅謙次郎への手紙を書き、妻に

「これは梅さんにあてた手紙です。何か困難な事件の起った時に、よき智慧をあなたに貸しましょう。この痛みも、もう大きいの、参りますならば、多分私、死にましょう。そのあとで、私死にますとも、泣く、決していけません。小さい瓶買いましょう。三銭あるいは四銭位のです。私の骨入れるのために。そして田舎の淋しい小寺に埋めて下さい。悲しむ、私喜ぶないです。あなた、子供とカルタして遊んで下さい。如何に私それを喜ぶ。私死にましたの知らせ、要りません。若し人が尋ねましたならば、はああれは先頃なくなりました。それでよいです」

 と言ったそうです。セツが「そのような哀れな話して下さるな、そのような事決してないです」と嘆くと、ハーンは「これは常談でないです。心からの話。真面目の事です」と返したといいます。

 その1週間後にハーンは亡くなり、4日後には涙を止められないセツの代わりに、前述の梅が取り仕切る形で葬儀が行われました。梅はハーンの著作の権利関係など、遺産の整理にも協力しています。葬式はハーンが新宿の市ヶ谷富久町に住んでいた頃に気に入っていた「淋しい寺」、自証院(通称:瘤寺)で行われました。

 史実通りなら、ヘブンにはもう1週間ほどしか残っていないと思われます。『思ひ出の記』のなかで、「余りあっけのない死に方」だったと語られている彼の最期は、どのように描かれるのでしょうか。

※高石あかりさんの「高」は「はしごだか」

参考書籍:『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮出版社)、『小泉八雲 ラフカディオ・ヘルン』(中央公論新社)

配信元: マグミクス

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