
『連続テレビ小説 ばけばけ Part1 NHKドラマ・ガイド』(NHK出版)
【画像】え、「かわいすぎるだろ」「目鼻立ちキレイすぎ」 コチラが小泉八雲とセツの子供たち(3男1女)の「幼少期」の姿です
妻「私が注意しないと自分では医師にかかりません」
連続テレビ小説『ばけばけ』第25週121話では、主人公「雨清水トキ(演:高石あかり)」の夫「雨清水八雲(レフカダ・ヘブン/演:トミー・バストウ)」の心臓に異変が起こりました。死期を悟ったヘブンはトキに遺言を残しています。ヘブンの死が着実に近づくなか、これまでの彼の健康によくない行動を思い返す視聴者も多いようです。
モデルの小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、代表作『怪談』が完成した1904年の9月26日、狭心症で54歳で亡くなりました。妻・セツが残した回想録『思ひ出の記』では、死の1週間前にハーンが心臓発作を起こし『ばけばけ』と同じような遺言を言われたことや、セツが夫の一時的な回復に安心したことなどが語られています。
また、『思ひ出の記』には
「洋食ではプラムプディン(プディング)と大きなビフテキが好きでございました。外には好きなものと云えば先ず煙草でした」
「ヘルンは朝起きも早い方でした。年中、元日もかかさず、朝一時間だけは長男に(英語を)教えました。大学に出ております頃は火曜日は八時に始まりますからこの日に限り午後に致しました。(中略)昼のうちは午後二時か三時頃から二時間程散歩をするか、あるいは読書や手紙を書く事や講義の準備などで費しまして、筆をとるのは大概夜でした。夜は大概十二時まで執筆していました。時として夜眠られない時起きて書いている事もございました」
「ヘルンはもともと丈夫の質でありまして、医師に診察して頂く事や薬を服用する事は、子供のように厭がりました。私が注意しないと自分では医師にかかりません。ちょっと気分が悪い時に私が御医者様にと云う事を少し云いおくれますと、『あなたが御医者様忘れましたと、大層喜んでいたのに』などと申すのでございました。(中略)病気の時でも、寝床の中に永く横になって居る事はできない人でした」
と、ハーンが医者嫌いだったことや、とても健康にいいとは言えない生活をしていたことが書かれていました。『ばけばけ』でも、ヘブンが寝るのを惜しんで執筆に没頭する姿が何度も描かれています。
24週以降はヘブンがキセルを吸う場面も増えており、視聴者からは「ヘブン先生、タバコの量が増えてたしな。健康を害したのかもな」「八雲の心臓が悪いの、わたしはストレスと言うより絶対若い頃からの『寝ないで書く』から来てると思ってる」「ヘブンさん相当血圧高かったんだろうな。特に徹夜で書くなんて最悪」「もともと冷え性体質だったところに、塩分多めの洋食&無職になって精神的ストレス過重&執筆スランプ&喫煙はきつい」と、彼が健康を害した理由についてさまざまな意見が出ていました。
左目を失明しているハーンは、机にかじりつくような猫背の姿勢で長時間執筆をしていたそうです。また、彼は朝起きたら床のなかで一服し、子供たちの英語の授業中にも我慢できずに吸うこともあったというほどのヘビースモーカーでした。ハーンは肺を病んで1904年5月に気管支炎となり、それ以降タバコをやめています。
またお酒も好きで、熊本時代にはゆで卵を2、3個食べた後にブランデーを飲んで学校に向かうのが日課になっていたそうで、『思ひ出の記』によると心臓の発作がきたあとにもウイスキーを飲んでいました。
そして何よりも、ハーンは自分の命を削って執筆を続けるようなタイプの作家だったそうです。東京帝国大学時代の教え子である田部隆次は、1914年に発表した伝記『小泉八雲 ラフカディオ・ヘルン』のなかで、ハーンが「自分は長生きはしないから急ぎます」と口癖のように語って、執筆にいそしんでいたことを振り返っています。
また、長男・小泉一雄も著書『父小泉八雲』(1950年)のなかで、
「父は教鞭を執る傍ら、馬車馬のごとく傍目もふらず執筆した。書かずにいられぬ人であった。(中略)エゴイズムを嫌い只管家人への愛のために励んだ。晩年程、刻まれゆく余命を惜んで、余計にあくせくと執筆に従事していた。もう少しのんびりさせてあげたかった。現実は余りに父の上に冷酷であった」
と綴っていました。
ヘブンも描かれなかった10年の時間を含め、帝大の教壇に立ちながらトキや家族のために身を削って本を書いていたのでしょう。残り4話、避けられない彼の死はどのように描かれるのでしょうか。
※高石あかりさんの「高」は「はしごだか」
参考書籍:『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮出版社)、『小泉八雲 ラフカディオ・ヘルン』(中央公論新社)、『父小泉八雲』(小山書店)
