プロ野球の世界へ進んだ選手も
『離島甲子園』には男子だけではなく女子も参加する。島を越えての交流が生まれている「なぜ中学生なのか」。その問いに対する答えは、「15の春」にある。
「中学までは島に学校があっても、高校がある島は限られ、進学で島外に出る子は多いです。だからこそ、中学のうちに島での挑戦や希望を与える経験が重要だと考えています」(石川さん)
『離島甲子園』が目指してきたのは、単なる思い出づくりではない。子どもたちへの人生の選択肢を広げながら、生まれ育った島を誇りに思い、将来島と関わる人材を生み出すことも人口減少が進む中では重要だ。
実際、『離島甲子園』を経験し、その後プロ野球の世界へ進んだ選手もいる。読売ジャイアンツに入団し、現在は北海道日本ハムファイターズでプレーする菊池大稀(新潟県・佐渡市出身)、福岡ソフトバンクホークスの大野稼頭央(鹿児島県・龍郷町出身)、盛島稜大(沖縄県・宮古島市出身)の3選手だ。彼らはいずれも、中学生時代に『離島甲子園』の土を踏んだ球児だった。
一方で、島を離れたあと、行政職員や指導者として戻り、大会を支える側に回る人もいる。八丈島選抜では、かつての出場経験者が成人して監督となり、後輩を指導しているという。経験が、時間をかけて地域へと循環しはじめている。
その循環の芯にあるのが、村田兆治さんの座右の銘「人生先発完投」。始めたら最後までやり抜く、という姿勢である。
「村田さんは『離島甲子園』が終わるといつも感想を熱心に話してくださいました。亡くなるまで、ずっと大会や島の子どもたちのことを気にかけていたと思います」(小澤さん)
大会を取り巻く環境は厳しさを増しているのも事実だ。規模拡大による開催地の選定、子どもたちにとどまらず島全体の人口減少。それでも、『離島甲子園』は歩みを止めない。
「続けること自体に価値がある。人材を育て、将来また島に戻ってくれる流れをつくりたい。村田さんの意志を継承していくことが大事だと思っています」(小澤さん)
『離島甲子園』は、ただの野球大会ではない。島と島をつなぎ、子どもたちの世界を広げ、やがて地域へと人を循環させるプロジェクトだ。
村田兆治さんが残した「人生先発完投」という言葉。その精神は、いまも大会を支えるスタッフと球児たちの胸に、確かに刻まれている。
text by Akihiro Ichiyanagi (Parasapo Lab)
写真提供:全国離島振興協議会
