
交通事故は、人の命を奪う悲惨なものです。
しかも事故は、起きてから対処しても、失われた命や傷ついた体を元通りにはできません。
では、危険な運転をしやすい人を、ハンドルを握る前の段階で見抜くことはできるのでしょうか。
アラブ首長国連邦のシャルジャ大学(UOS)の研究チームは、ドライバーの心理特性、生理反応、年齢や性別などの情報を組み合わせ、運転シミュレーター内で事故や違反を起こしやすい高リスク群と、そうでない低リスク群をAIで分類する手法を開発しました。
研究の狙いは、事故が起きた後に対応するのではなく、危険な傾向を事前に見つけて採用や教育に生かすことです。
この研究は2025年10月3日付の学術誌『Engineering Applications of Artificial Intelligence』に掲載されました。
目次
- AIが高精度で「事故リスクの高いドライバー」を事前に見極める
- 事故の鍵を握っていたのは「視線」と「性格」だった
AIが高精度で「事故リスクの高いドライバー」を事前に見極める
タクシー会社や運送会社がドライバーを採用するとき、重視されやすいのは運転経験や過去の経歴です。
もちろんそれらは大切ですが、それだけで安全運転ができる人を見分けられるとは限りません。
論文でも引用されている先行研究では、交通事故の約94%に人間要因が関わっているとされています。
つまり事故の背景には、道路の状態や車の性能だけでなく、その人の性格や注意の向け方が深く関わっている可能性があるのです。
たとえば、同じような道路を走っていても、規律を守る傾向が強い人は慎重な運転をしやすく、刺激やスリルを求める傾向が強い人は危険な行動に傾きやすいと考えられます。
しかし、こうした違いは履歴書や面接だけではなかなか見抜けません。
そこで研究チームは、運転のうまさだけではなく、ドライバー本人の内面や身体反応まで含めて評価する方法を試しました。
実験には80人が参加し、全員が10分間ずつ運転シミュレーターを体験。
使われたのはLogitech G29という運転シミュレーターで、舞台はドバイの道路環境を意識した設定です。
交通の複雑さや混雑の多い都市環境を模した条件をそろえ、全員ができるだけ同じ状況で走るようにしました。
研究者たちはこの実験で、3種類の情報を集めています。
1つ目は心理特性です。
参加者には質問票に答えてもらい、スリル志向、誠実性、社会不安、衝動性、攻撃性、利己性、人生満足度など、全部で9つの特性を調べました。
2つ目は生理データです。
心拍数はApple Watchで測定し、まばたきの頻度、瞳孔の大きさ、視線の位置はアイトラッカーで記録しました。
3つ目は実際の運転結果です。
シミュレーター中に起きた事故や、不注意に基づく違反を記録し、あらかじめ決めた基準によって各参加者を高リスク群と低リスク群に分類しています。
その上で研究チームは、こうした情報をまとめて、複数の機械学習モデルに学習させました。
その結果、あるモデルでは精度が93.75%に達し、高リスク群を見逃す割合を示す偽陰性率は0でした。
つまり少なくとも今回のシミュレーター環境では、危険な運転傾向を持つ参加者をかなり高い精度で見分けられたことになります。
では、AIはどのように高リスク群を見分けていたのでしょうか。より詳しい結果を見ていきましょう。
事故の鍵を握っていたのは「視線」と「性格」だった
AIが何を重視してドライバーの行動を見分けていたのかを調べると、特に重要だったのは、視線の逸れ、スリル志向、誠実性、そして性別でした。
この中で最も直感的にわかりやすいのが、視線の逸れです。
運転は、言ってしまえば「どこを見ているか」で成り立つ行為です。
前方の車の動きや信号、歩行者の位置などを絶えず追いながら、自分の進路を調整しなければなりません。
そのため、視線が道路から頻繁に外れる人ほど、危険に気づくのが遅れ、事故や違反につながりやすくなります。
今回の研究でも、視線の注意散漫さは特に強い予測因子として浮かび上がりました。
性格の影響も見逃せません。
誠実性が高い人は、一般に責任感が強く、決まりを守ろうとする傾向があります。
そうした性格は、運転中にも慎重さとして表れやすいのでしょう。
一方で、スリル志向が高い人は、刺激や興奮を求める傾向があり、リスクを軽く見てしまう場面が増えると考えられます。
論文は、こうした性格の違いが、シミュレーター内での事故や違反の起こしやすさと関係していたことを示しています。
ここで大事なのは、危険運転がまったくの偶然で起きているわけではない、という点です。
少なくとも今回の研究では、性格や注意の向け方に一定のパターンがあり、そのパターンをAIが拾い上げることで、高リスク群と低リスク群をかなりうまく分けられました。
言い換えれば、危険な運転には「その場のたまたま」だけではなく、測定できる傾向が含まれている可能性があるのです。
この発見の意義は、採用時の選別だけにとどまりません。
研究チームが強く意識しているのは、タクシー会社や交通機関が、より根拠のある形でドライバーの安全性を評価できるようにすることです。
従来は、運転歴や面接の印象に頼る場面が大きかったのに対し、今後は短時間のシミュレーター試験や心理評価、生理指標を組み合わせて、危険傾向を早めに把握できるかもしれません。
そして、高リスクと判定された人をただ排除するのではなく、注意力の訓練やストレス管理、安全な意思決定のトレーニングを個別に行う材料にもなります。
研究チームがこの手法を「意思決定支援ツール」と位置づけているのは、そのためです。
もちろん、この研究には限界もあります。
今回の結果は、あくまでシミュレーター環境で得られたものであり、参加者は80人に限られています。
それでも、この研究が示した方向性はかなりはっきりしています。
事故を起こした後に責任を問うだけでなく、事故を起こしやすい傾向を前もって見つけ、安全教育や採用判断に役立てるという考え方です。
道路の安全は、運に任せるものではなく、データによって少しずつ設計できる時代に入りつつあるのかもしれません。
事故を防ぐ最善の方法は、事故が起きる前に危険を見つけることなのです。
参考文献
AI can flag high-risk motorists before getting on the road, scientists say
https://techxplore.com/news/2026-03-ai-flag-high-motorists-road.html
元論文
Driver risk classification for transportation safety: A machine learning approach using psychological, physiological, and demographic factors with driving simulator
https://doi.org/10.1016/j.engappai.2025.112585
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

