
『連続テレビ小説 ばけばけ Part1 NHKドラマ・ガイド』(NHK出版)
【画像】え、「泣いちゃうって」 コチラが”淋しい場所”で並んでいる『ばけばけ』小泉八雲とセツの「お墓」です
ヘブンが喜びそうな淋しい墓地
連続テレビ小説『ばけばけ』第25週122話では、主人公「雨清水トキ(演:高石あかり)」の夫「雨清水八雲(レフカダ・ヘブン/演:トミー・バストウ)」が、静かにこの世を去りました。トキの肩にもたれかかりながらの安らかな死で、30秒ほど無音になる演出も相まってSNSでは感動の声が相次いでいます。
122話で描かれた出来事は、モデルの小泉セツが夫・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の死から10年後の1914年に発表した、回想録『思ひ出の記』の内容に基づいていました。121話でヘブンが語ったトキへの遺言も、『思ひ出の記』にほぼ同じ言葉が書かれています。
セツは同書のなかで、ハーンの最期について
「亡くなります二三日前の事でありました。書斎の庭にある桜の一枝がかえり咲きを致しました。女中のおさき(ハーンが避暑地として愛した静岡県焼津で知り合った魚屋・山口乙吉の娘)が見つけて私に申し出ました」
「日本では、返り咲きは不吉の知らせ、と申しますから、ちょっと気にかかりました。けれどもヘルン(ハーン)に申しますと、いつものように『有難う』と喜びまして、縁の端近くに出かけまして『ハロー』と申しまして、花を眺めました。『春のように暖いから、桜思いました、あゝ、今私の世界となりました、で咲きました、しかし……』と云って少し考えていましたが『可哀相です、今に寒くなります、驚いて凋みましょう』と申しました。花は二十七日一日だけ咲いて、夕方にはらはらと淋しく散ってしまいました。この桜は年々ヘルンに可愛がられて、賞められていましたから、それを思って御暇乞を申しに咲いたのだと思われます」
「(亡くなった1904年9月26日は)夕食をたべました時には常よりも機嫌がよく、常談など云いながら大笑など致していました。『パパ、グッドパパ』『スウイト・チキン』と申し合って、子供等と別れて、いつのように書斎の廊下を散歩していましたが、小一時間程して私の側に淋しそうな顔して参りまして、小さい声で『ママさん、先日の病気また帰りました』と申しました。私は一緒に参りました」」
「(ハーンは)暫らくの間、胸に手をあてて、室内を歩いていましたが、そっと寝床に休むように勧めまして、静かに横にならせました。間もなく、もうこの世の人ではありませんでした少しも苦痛のないように、口のほとりに少し笑を含んで居りました。天命ならば致し方もありませんが、少しく長く看病をしたりして、愈々(いよいよ)駄目とあきらめのつくまで、いてほしかったと思います。余りあっけのない死に方だと今に思われます」
と語っています。桜の返り咲きや、妻のそばでの穏やかな死も史実通りでした。
また、ヘブンの墓があった「淋しそうな場所」は、現在ハーンとセツの墓がある東京都豊島区の雑司ヶ谷霊園です。セツは『思ひ出の記』のなかで、墓の場所を選んだ経緯についてこのように述べています。
「(ハーンは)平常から淋しい寺を好みました。垣の破れた草の生いしげった本堂の小さい寺があったら、それこそヘルンの理想でございましたろうが、そんなところも急には見つかりません。墓も小さくして外から見えぬようにしてくれと、平常申して居りましたが、遂に瘤寺(新宿区富久町にある自証院)で葬式をして雑司谷の墓地に葬る事になりました」
「青山の墓地は余りにぎやかなので、ヘルンは好みませんでした。雑司ヶ谷の共同墓地は場所も淋しく、形勝(風景がすぐれている)の地でもあると云うので、それにする事に致しました。一体雑司ヶ谷はヘルンが好んで(散歩に)参りましたところでした」
セツはそれから28年後の1932年2月18日、64歳で亡くなり、雑司ヶ谷霊園の「小泉八雲之墓」の左手の少し後ろに、夫よりやや小さい「小泉セツ之墓」が作られました。
※高石あかりさんの「高」は「はしごだか」
参考書籍:『八雲の妻 小泉セツの生涯』(『思ひ出の記』も収録/潮出版社)
