
エクアドルの熱帯雨林、雨に濡れた葉っぱの裏に、「見るからに怪しいモノ」がぶら下がっていました。
まるで白カビに覆われたクモの死体から、黄色っぽいキノコのような触手がにょきっと生えたような見た目。
最初、観察していた研究者たちは、これはゾンビ菌に感染したクモの成れの果て、つまり亡骸だと思ったようです。
クモが一部のクモ病原菌に感染すると、体内外に菌が広がって死に、亡骸からキノコのような突起が伸びてくるため、まさにその姿そのものだったからです。
ところが葉っぱを裏返してその菌の塊に触れてみたところ、なんと亡骸らしきものが突然動き出したんです。
こうしてエクアドルのアマゾンの森から見つかったのが、「タチャノフスキア・ワスカ(Taczanowskia waska)」という新種のクモです。
この研究はただの新種発見ではなく、「クモを殺すゾンビ化菌にクモがが擬態する」という驚きの発見として報告されています。
しかしなぜこの新種のクモは「ゾンビ菌にやられたクモの亡骸」に自らを偽装していたのでしょうか?
今回の研究はエクアドルの国立生物多様性研究所(INABIO)やワスカ・アマソニア財団などで行われ、2026年2月26日に『Zootaxa』にて発表されました。
目次
- 死んだクモに生えた菌、と思ったら新種のクモだった
- 誰も触れたくないゾンビ化菌の苗床に擬態する
死んだクモに生えた菌、と思ったら新種のクモだった

ここでまず、「ギベルラ属(Gibellula)」という菌について説明しましょう。
この菌はいわばクモに特化した寄生菌の一種です。
この菌の胞子がクモの体表について内部に侵入すると、菌は体内で増殖し、一部の種ではクモの動きを操作して、胞子を広げやすい場所で死なせてしまいます。
近年ではイギリス諸島の洞窟に棲むクモに寄生する新種のギベルラ属の菌が見つかり、少なくともその種では感染後にクモが操られたように壁面など目立つ場所に移動して死ぬことが報告され、メディアでは「ゾンビ化菌」のようにも紹介されました。
こうした菌の不気味さは、ただクモを殺すだけではないところにあります。
胞子を広げやすい場所へ宿主を移動させ、そこで死なせ、自分の体を伸ばして次の感染へつなげていくからです。
言いかえれば、クモの体を「増殖のための足場」に変えてしまうわけです。
森の中でそんな姿を見れば、多くの生き物にとっては近づきたくない、いかにも危なそうなものに見えるでしょう。
実際、この段階に来た普通のゾンビ化菌は胞子の散布段階かその直前の段階にあります。
一方で、自然界では、生き物が自分を別のものに見せかける「擬態」は決して珍しい現象ではありません。
例えば昆虫やクモの中には、葉っぱや枯れ枝、鳥のフンなどになりすますものが数多く知られています。
しかし、今回見つかった新種のクモは、ゾンビ化菌にやられたクモの姿を借りる擬態を行っている可能性があるのです。
いわばゾンビ化菌の苗床に擬態している訳です(※ここでいう「苗床」は厳密な菌学用語ではなく胞子散布の土台としての比喩です)。
論文の著者たちは、クモがこのような菌を擬態の対象として進化したという例は、文献においてまったくなかったと述べています。
つまりこれは、新種報告であるだけでなく、今まで誰も考えなかった、新しいタイプの擬態を初めて報告した研究なのです。
しかし擬態とは、周囲によく似た何かがなければ成り立ちません。
葉っぱに擬態する能力があっても、砂漠の真ん中では目立ってしまうのを考えればわかるでしょう。
ですが今回の発見現場の森では、こうした菌の仲間が数多く見つかっており、この変装はその場の景色の中で不自然ではなかった可能性があります。
つまりこの森の中ではゾンビ化菌にやられてしまった亡骸が擬態のベースになるくらいには存在しているかもしれないのです。
激しい市街戦で死体に偽装するように、もしかしたらこのクモも仲間の成れの果ての亡骸を利用しているのかもしれません。

さらにGibellula に感染したクモは、強い雨や落下物を避けやすい葉の裏側に固定されることが多いとされ、別の研究でも、感染したクモは葉の裏などで死に、そこからのびた構造が胞子を周囲にばらまくと説明されています。
今回の新種クモも、まさに同じように葉の裏で逆さにぶら下がり、腹部の突起を下に向けてほとんど動かない状態で見つかりました。
外見を似せるだけでなく、死に場所も似せることでより擬態を完璧なものにしていたのかもしれません。
しかし、なぜこんなユニークな存在が長年、みつからずにいたのでしょうか?
理由の1つは、そもそものレアさでした。
「タチャノフスキア属(Taczanowskia)」というクモの属は、実は科学的には謎に包まれたグループでした。
コガネグモ科というクモの仲間に分類されますが、この科の多くは円形の美しい網を張ることで知られています。
ところが、このタチャノフスキア属はほとんど網を張らず、じっと待ち伏せて近くを通る小さな昆虫などを前脚で素早く捕まえるという、異端の狩猟スタイルを持っています。
古くから名前は知られていましたが、自然界では発見が非常に難しく、生態について詳しいことはほとんどわかっていませんでした。
今回の研究は、その謎だらけのクモの生態に関する重要な一歩を踏み出した成果でもあるのです。
ですがその始まりは意外なところからでした。
誰も触れたくないゾンビ化菌の苗床に擬態する

研究の出発点は、とても現代的です。
2025年8月、夜の自然観察で見つかった「動く菌の塊」が iNaturalist に投稿され、そこから「これは珍しい Taczanowskia ではないか」という反応が集まりました。
そこから専門家による再検討が始まりました。
研究者たちはその後、顕微鏡観察や詳細な形態比較を行い、新種として正式に記載しました。
とくに重要だったのは、腹部から伸びる細長い一対の突起と、腹部の白っぽい小さな突起、そしてその付け根にある淡い黄色の毛のような模様です。
これらが組み合わさることで、見た目は完全に「菌が生えたクモ」になります。
ただし本当にすごいのは、ここから先です。
このクモは見た目だけでなく、振る舞いまで感染したクモの状態に寄せていたのです。
多くのクモは敏感で、近づくと逃げたり姿勢を変えたりします。
しかしこのクモは、葉の裏に逆さにぶら下がったまま、ほとんど動きません。
しかも腹部の突起を下に向けたまま静止し、近くおよそ10センチの場所には卵のうまでつり下がっていました。
これは、実際にギベルラに感染したクモが見せる状態とほぼ同じです。
つまりこのクモは、形・色・姿勢・動きのすべてを使って「ゾンビ菌にやられたクモの亡骸」を再現しているのです。
そのため研究者たちはこれを、「ゾンビ菌にやられたクモの亡骸の擬態」として捉えています。
さらに面白いのは、この現象が一度きりではない可能性です。
研究者たちは、世界各地の観察記録を調べる中で、ベトナムやブラジル、ウガンダやマダガスカルなどでも、同じように菌に似たクモの例を見つけています。
もしこれが本当に独立に何度も進化しているとすれば、「菌っぽく見えること自体に、進化的な利点がある可能性」ということになります。
では、そんな擬態は何のためにあるのでしょうか。
論文では、2つの可能性が仮説として考えられています。
ひとつは防御です。
鳥などの捕食者から見れば、菌に侵されたクモは「病気で危なそう」「食べたくないもの」に見える可能性があります。
つまり、見た目が不気味なことで食べられにくくなるという効果です。
もうひとつは、攻撃です。
このクモは網を使わず、待ち伏せで獲物を捕らえるスタイルをとっています。
もし小さな昆虫が「ただの死骸だ」と思って近づいてきたら、警戒せずに距離を詰めてしまうかもしれません。
たとえるなら「ハンターなのに、死体に生えた菌のコスプレをして森の中でじっとしている生き物」です。
もちろん、この仮説はまだ直接実験で証明されたものではありません。
ですが、ここまで見た目と行動が一致していると、「偶然」と考えるよりも「意味がある」と考えたくなるのも自然です。
もしかしたら世界にはまだ、とんでもないものに擬態した新種が沢山いるのかもしれません。
元論文
“The Cordyceps spider”: Taczanowskia waska sp. nov. (Araneae: Araneidae), a new spider species and a novel case of mimicry of an araneopathogenic fungus (Cordycipitaceae: Gibellula)
https://doi.org/10.11646/zootaxa.5760.5.4
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

