地震が起きる前兆として、生物の「イレギュラーな動き」がしばしば取り沙汰、議論される。
サッカー北中米W杯の開催地のひとつ、メキシコ。6月11日の開幕を控えた今、その「イレギュラーな生物」問題が物議を醸し、不安を広げている。
メキシコもまた、日本と同じく地震大国だ。1985年のメキシコ地震では首都メキシコシティで1万人以上が犠牲となり、2017年のプエブラ地震でも370人近い死者を出した。地震への恐怖が国民の記憶に深く刻まれているそんな土地で、「終末の魚」が2匹同時に現れたのだ。
ビーチリゾート、カボサンルーカス。浜辺を歩いていたアメリカ人姉妹の目に、異様な光景が飛び込んできた。波打ち際で銀色の巨体がのたうっている。近づいてみると、体長3メートルを超える細長い魚が2匹、浅瀬に打ち上げられていた。
これは「リュウグウノツカイ」なる魚で、通常は水深1000メートル付近に棲む深海魚。最大で体長は9メートルにもなる。赤い背びれが特徴的なこの魚には、英語圏で不穏な異名がある。「ドゥームズデイ・フィッシュ」、すなわち「終末の魚」である。
姉妹と居合わせた観光客が魚を海に押し戻す様子はInstagramに投稿され、それがYouTubeに転載されると一気に拡散。ただし、話題の中心は救出劇ではなかった。コメント欄を埋めたのは「地震が来る」「2匹同時なんて二重の凶兆だ」という声だった。
リュウグウノツカイと地震を結びつける俗説は根強い。日本では「竜宮の使い」として知られ、大地震の前触れだと古くから語り継がれてきた。2011年の東日本大震災の前にも約20匹が日本沿岸に打ち上がったとされ、この話は海外メディアでも繰り返し引用されている。
もっとも、科学はこの因果関係を否定している。深海魚が浅瀬に現れる理由として研究者が挙げるのは体調不良、海流の変化、水温の異常といった環境要因だ。今のところ、今回の出現後にカボサンルーカス周辺で地震活動は確認されていない。
では科学的に否定されているのに、なぜ人はこの魚を見ると不安になるのか。深海という人間が立ち入れない領域から突然、姿を現す異形。そして、めったに目撃されないという希少性。そこに「前兆」という物語が重なれば、理屈より先に頭がざわつく。「2匹同時」という事実が増幅され、科学の声はかき消されていく…。
偶然で片づけるには不気味で、前兆だと断じるには根拠がない。結局のところ、その曖昧さこそが、リュウグウノツカイという深海の使者が人間の想像力を刺激し続けている理由なのだろう。
サッカーW杯中に何も起きないことを願う…。
(ケン高田)

