母と2人で暮らす高校3年生の藤村佑役には、スタジオジブリの『君たちはどう生きるか』(23)で主人公・眞人の声を担当し、ドラマ「ちはやふる-めぐり-」(25)など話題作への出演が続く山時聡真。難病によって身体の自由を失っていく最中でも前向きに生きる気持ちを忘れず、誰よりも深く息子を愛する母・美咲を演じるのは、『ディア・ファミリー』(24)など母親役でも強い存在感を見せる菅野美穂。今回、息子と母親役で初共演した2人が、なごやかな雰囲気のなか、オーディションの思い出から、役作りや本作への想い、自身の母とのエピソードまでたっぷり語ってくれた。
■「いろいろな人たちの優しさを感じられる温かい物語」(山時)
──本作の脚本を読んだ時の感想はいかがでしたか?
菅野「私もいま、子育て中なので、やっぱり自分と重なる部分がありましたが、今回の親子は、親なのに、息子にしてあげたいことを息子にしてもらわなきゃいけないという状況で、美咲さんの葛藤は、本当につらいだろうなぁと思いながら読んでいました。話が進むにつれ息子の未来が見えるようなところはすごく素敵でした」
山時「最初は少し難しい話なのかなと思って読み進めていったら、いろいろな人たちの優しさを感じられる温かい物語で。監督も仰っていたんですが、青春ドラマといってもおかしくない、すごくほっこりする作品だなと思いました。子を想う親の気持ちと、親を想う子の気持ち。そのどちらにも正解がないという複雑さも感じました」
──山時さんはオーディションの場で、中川監督から「お母さんに電話をする」という課題を出されたそうですね。その時のエピソードを聞かせてください。

山時「まず母に『この時間帯に電話するからね』と、伝えていました」
菅野「じゃあ、監督から事前にその課題の告知があったんだ」
山時「はい。僕の母はその時ちょうどテニスの試合中で」
菅野「えーっ、ハーフタイムに?(笑)」
山時「すごいスケジュールですよね(笑)。監督とは『お母さんにひとつ質問をしてみよう』という話になって。それで決まったのが『いま、仕事が前よりも順調になってきていることについてどう思っている?』という質問だったんです。それを母に聞いて、スマホをスピーカーフォンにした状態で、10分間くらい2人で会話をするというオーディションでした。お芝居の審査はなかったです」
菅野「いまの仕事の状況とか、家族とはあえてそんなに話さないもんね」
山時「母からは『うれしいけど、ちょっとさみしさもある』というような返答がきて。あ、そんなことを思っていたんだって」
菅野「お母さん、正直~!」
山時「監督やスタッフのみなさんの前だったので、ちょっと恥ずかしかったですね。母も電話だったからこそ言えたのかなと思います」
菅野「そっか~。うちの聡真が、みんなの聡真になっていく…みたいな」

山時「そうなのかもしれないです(笑)。『遠いところに行っちゃうような気がして』と言っていました。『でも、謙虚にこのままがんばってほしい』と伝えてくれました」
菅野「佑役のオーディション、実は私も行きたいなと思ったんですけど、『選びづらくなるからやめなさい』って、マネージャーさんに止められたんですよね(笑)」
山時「よかったです。菅野さんがその場にいたら、もっと緊張したと思うので(笑)」
■「“息子を想う母親”であることを念頭において演じられたら」(菅野)

──本作は中川監督の半自伝的な要素もある作品です。監督とどのように役を作り上げていったのでしょうか?
菅野「撮影前に打ち合わせや介護のリハーサルがあって。監督が想いを込めてお書きになった脚本で、監督のなかで、こうしたい!というイメージがくっきりあったと思うんですけど、基本的には俳優に任せてくださる方でした。今回初めてご一緒したので、絶妙なニュアンスの表現が難しい時もあったのですが、何度もトライしてくださって。すごくありがたかったです」
山時「オーディションでは、僕の人間性を見て選んでいただいたらしくて。監督からは最初に『母との関わり方も含めて、昔の僕と似ている』と言われたんです。なので、僕が感じたまま、自由にやってみようと思いました。プレッシャーもありましたが、役と同年代の僕だからこそできるという覚悟を持って挑みました」
──お2人は、高校生の佑と美咲のことを、どんな人物だと捉えていましたか?役と同様に、息子として、母として共感できた部分は?

菅野「美咲さんは立派だなぁと思っていました。それまでできていたことが、どんどんできなくなっていく自分に向き合わなきゃいけなくて。そんななかでも息子のことを第一に考えていて。私はふだん育児で怒りっぱなしなので、この高尚な親子と自分を比べて、自己嫌悪になったりしていました。私が同じような状況になったら、こんなふうに振る舞えるかな?きっと無理だろうなと思いながら、それでも病気ということ以前に、“息子を想う母親”であることを念頭において演じられたらいいなと思っていました」
山時「僕はふだんあまり家事をしないんです。だから撮影を通して、洗濯ものを干したり、カレーを作ったり、たくさんの家事をして。やっぱり佑って、本当に強い男の子だなと思いました」
菅野「実際はなかなかやらないよね」
山時「実家暮らしなので、甘えてしまっています(笑)。でも、佑が介護のためにバスケ部を続けられなくなったつらさは、すごく理解できました。僕も高校時代、バスケ部だったんです。仕事で試合に出られなかった時の気持ちや、4番という背番号を背負う責任やうれしさ…そういったところも本当に共感できました。いま、大学に通っていることもそうですし、自分の人生と重なる部分がすごく多かったです」
■「菅野さんと出会えたことで、自分の俳優人生が変わった」(山時)

──今回、お2人が初共演した感想はいかがでしたか?
菅野「親子役だから、すごく年が離れているんですけど、山時さんが柔らかい方なので、現場でも話しかけやすかったです。素顔としても優しい息子さんで、ご家族のことが大好きっていうところがすごく素敵だなぁと思って。うちの息子は将来こうならないだろうなぁって(笑)。前に私が山時さんをドラマで拝見した時は、とても熱く自分から人に関わっていく役を演じられていたので、今回はいい意味でギャップがありました。佑は相手のことを思って、自分は引いてしまう役だから。でも、優しさという面では、山時さんは今回の役に近いのかなと思ったりして。だから、演技の振り幅のある、いろんな役ができる俳優さんだなって思いました」
山時「うれしいです。僕は余裕がなくて、テストの時はお芝居の熱量を抑えてしまっていたんです。でも、菅野さんは常に本番で。介護練習で菅野さんとリハーサルをやらせていただいた時に、そこで初めて佑と母として関わったんですが、瞬時に『90メートル』の世界観に引き込まれました。菅野さんのお芝居を見た瞬間から、菅野さんのお芝居に食らいついていくだけだ!と思いました。菅野さんと出会えたことで、自分の俳優人生が変わったというか…」
菅野「いやいや、そんなふうに言ってもらえるなんて…。私も先輩方にそうやって教えてもらっていたから。これから、いろんな作品の撮影が続いていくと思うから、自分のなかで、ちょっとずつ違ったやり方を試していくといいかもね」
山時「ありがとうございます。撮影中も『こういうふうにやっていったらいいかもね』って、たくさん教えてくださって。そんなふうに僕と向き合ってくれたことも含めて、お母さんとしても、菅野さんとしても、すごくつながった感覚がありました。それはこの映画にも忠実に出ているんじゃないかなと思っています」

──劇中では、美咲が患った病気によって、息子と会話でのコミュニケーションをうまく取れないという苦しい姿も描かれていました。菅野さんが美咲を演じる上で難しさを感じた部分はありますか?
菅野「知れば知るほど、勉強すればするほど、本当に大変な病気なんだなという思いでした。たくさんのドキュメンタリー映像を拝見しましたが、美咲さんのように、それでも人生はすばらしいという想いのもと、自ら発信して希望を届けてくださる方もいらっしゃって、感銘を受けました。役作りに関しては、決して興味本位にならないように。役の表現として必要な部分はあるけれど、そこを演じ手として突き詰めるというよりは、いつか当事者の方がこの映画を観ることがあった時、失礼のないように表現するにはどういうやり方がいいのかを考えていました。美咲さんを演じるにあたって、もちろん母としての息子への想いは一番大事にするところだけれど、病気の表現もとても大事な部分だったので、できるだけ誠実に向き合ったつもりではあります」
──山時さんが役作りの準備の過程で初めて知ったこと、印象に残ったことは?
山時「僕は監督からヤングケアラーを題材にした漫画をいただいたんです。それまでは佑のように家族の介護や家事を担っている子どもは、我慢する気持ちが強いのかなと思っていたんですが、そうではなくて、彼らにとっては、それが日常の一つなんですよね。だから自分の将来を最優先には考えない、そういった意識の違いを感じました。トイレ介助の練習もそうです。やっぱり親子であっても異性なので、『トイレに連れて行って』と言う側も、介助する側もお互いに恥ずかしい。身体を思うように動かせないのだから当たり前のことなのかもしれないけれど、ここまでサポートするんだという驚きはありました」
菅野「トイレすらも夜中に息子を起こして手伝ってもらわないといけない、というところで美咲さんも限界まで我慢している。それで、介助してもらった時は息子に『さんきゅー』っていう言い方をするんですよね。本来なら『ありがとう』って言わなきゃいけないんだけど、そこまで素直になれない心情があると監督が仰っていて。基本的にはお互いに想い合っている親子なんですけど、そういう複雑な気持ちの部分は丁寧に演じられたらいいなと思っていました」

山時「この現状に対して感情を押し殺してしまう部分と、思春期ならではの恥ずかしさゆえに感情を出さない部分。その2つのパターンが混在するようなシーンがたくさんありました。セリフにはないけれど、表情には出るというお芝居が難しかったです。あとはプロではない、息子としての介護のリアリティさをどう出すか。そこは実際のヘルパーのみなさんと一緒に介護練習を重ねながら、すごく意識した部分です」
■「初めて『ありがとね』というシーンは、深く感じるものがありました」(菅野)
──お2人が好きなシーンはどこですか?
菅野「息子に対する感謝の気持ちはありつつも、ちょっと卑屈になって、素直にありがとうと言えなかった美咲さんが、佑の気持ちを受け取って、初めて『ありがとね』って言うシーンですね。その言葉を佑が背中で受け止めてくれる。そのシーンで2人の目線は合わないんですけど、現場での山時さんの様を見ているだけで深く感じるものがありました」
山時「僕は佑が作ったカレーをお母さんと一緒に食べるシーン。回想シーンと現在のシーンと2回あるんですが。現在のシーンでは、佑はカレー作りも慣れていて、当たり前に食卓に出して、お母さんが水を飲もうとする気配を感じたら、何も見ずにコップをさっと寄せてあげる。それでお母さんに『さんきゅー』と返される。そのやりとりにすべてが詰まっていたような気がします。あと、そのシーンで佑は携帯を見ながら食べているんです。ふつうなら行儀が悪いことなのかもしれないけれど、食事中に会話をすると、お母さんに誤嚥の危険があるから、そういうことも考えた上での行動なんだろうなと、佑の思いやりを感じました。2人が理解し合っているという感覚があって、すごく好きなシーンです」
──菅野さんは監督やプロデューサー陣に「お母さんとのエピソードを教えてほしい」と質問されたとのことですが、みなさんのお話から得たものは?

菅野「みなさんのお母さまへの想いを聞いて、あぁ、素敵だなぁと思うことばっかりで。自分がいま、子育てしている状況を考えると、将来そんなふうに言ってもらえないだろうなぁって、自分との違いをはっきり認識したんですけど(笑)。でもやっぱりお母さんって、子どもにとっての安心を作ってあげられる存在で、この子にとってはなにが大切なのかが世界で一番わかる人、それはみなさん同じなんだなと感じました。だから美咲さんの役でも、息子にとって世界で一番の味方みたいになれたらいいなと思っていました」
■「感謝を言葉や行動で伝えられる息子でありたい」(山時)
──本作への出演を通して、“母”への想いに変化はありましたか?
菅野「自分はつくづく至らない母親だなぁって。私は明るいし、楽観的なタイプなので、『大丈夫!大丈夫!』みたいな感じで子育てできるのかなと思っていたんですけど、いざ母親になってみたら、そうではなかったんです。だからその時々で、できることをやっていくしかないという感じです。
美咲さんのような母親もすごいなぁと思うし、やっぱり自分の母親のすごさというのも改めて感じましたね。子どものころは自分の母親がすごいなんて思わないじゃないですか。大人になったいまだから、そのありがたさが分かる。私の母は私が興味を持ったことをやらせてくれる人で、『こうしなさい』とか『ああしなさい』とかいっさい言わない人だったんですよ。それはすごくよかったと思うから、自分の子どもにもそうしてあげられたらいいなと。やりたいことを自分で選ばせてあげたいと思います」
山時「実際、母には甘えてしまうんですよね。でもそのなかで、いつもどれだけ愛されているかということに気づいて、感謝の想いを言葉や行動で伝えられる息子でありたいなとは思っています。結局いつも恥ずかしくて言えなかったりするんですけど…」
菅野「ここで言ったら、お母さん、読んでくれるよ(笑)」
山時「恥ずかしいですね(笑)。でも、最近成人式があって。そういうタイミングで、ちょっと伝えられたりもしました。これからもその気持ちは忘れないでおこうと思っています!」
取材・文/石塚圭子
