かつてF1プロジェクトを立て直し、ホンダに30年ぶりとなるタイトルをもたらした元ホンダ技術者の浅木泰昭氏。なぜ技術者はF1を目指すのか? ホンダがF1に参戦する理由とは?
浅木氏の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』から一部を抜粋、編集してお届けする。
F1は忖度なし、容赦なし、配慮なし
2026年に施行される新レギュレーションに合わせたパワーユニット開発は私がホンダにいた時代からスタートしていますが、私は退職の1年ぐらい前には手を引き、すでに角田哲史(かくだ・てつし)LPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)がメインになって行っていました。私は任せたら口出しは一切しません。
現在、ホンダのパワーユニットの開発責任者を務める角田LPLは私が選任しました。スマートで優秀で、技術センスもあります。ただパワーユニット開発全体を見るリーダーは、技術力だけでなく、判断力や先を読む能力、人を惹きつける能力なども求められます。
でも私と角田LPLでは役割が違います。私はどん底から立ち上げて頂点に立たせることが役割でした。角田LPLは這い上がる必要はありません。成功を維持していくことがミッションになりますが、それはそれで難しさがあると思います。
パワーユニットの新レギュレーションが導入される2026年に関しては、いちおう各メーカーすべてリセットされてのスタートになります。ホンダはどん底とはならないと思いますが、先行きが見えづらいところはあります。
2026年にガタガタになったら、また各方面からバッシングされるでしょう。F1は注目度が高いので批判は避けられません。そういうプレッシャーの中で戦うからこそ、人が育つのです。当然、それにビビっているようではリーダーは務まりません。
「F1は忖度なし、容赦なし、配慮なし」です。レースを面白くするために、BOP(バランス・オブ・パフォーマンス)と呼ばれるマシンの性能調整を行い、勝ったり負けたりの接戦を演出するということは一切ありません。
強いチームが勝ち続け、弱いチームが負け続けるのがF1という競技です。そういう究極のレースだからこそ技術者の競争やブレイクスルーが生まれるのです。
誤解していただきたくないのは、私はBOPを採用するレースを否定しているわけではないということです。ただ技術者が世界一を目指すのであれば、F1のようなレースである必要があります。
負けているチームにBOPと称してサポートがあるのであれば、そこに企業として技術者を投入しても、まったく育たないとはいいませんが、効率が悪いと思います。
容赦や配慮がないからこそレースがヒートアップ
容赦や配慮のないレギュレーションですから、メルセデスが2014年から21年までコンストラクターズタイトルで8連覇を達成したり、2023年のレッドブルのように22戦中21勝を挙げたりすることもあるのです。
ファンにとっては勝ちが見えるレースというのはなかなか盛り上がらないものですが、F1だけは例外です。容赦や配慮がないからこそ、ドライバーやエンジニアもプライドを懸けて戦うのでレースがヒートアップします。
しかも面白いもので、F1の長い歴史の中にはマクラーレン・ホンダやメルセデスのように一時代を築くチームが登場することがありますが、彼らも未来永劫に勝ち続けることはできません。レギュレーションの変更が大きいと思いますが、数年おきに波があります。
ルマン24時間レースがシリーズ戦に組み込まれるFIA世界耐久選手権(WEC)や日本で人気が高いスーパーGTもBOPを導入していますが、それをずっと拒否し続けてきた唯一の最高峰レースがF1といっていいと思います。
2023年、パワーユニット開発に後れをとっているルノーがBOPではありませんが、パワーを向上させるための救済措置を適用してほしいと訴えました。しかし、ほかのパワーユニットメーカーの代表は拒否しました。ヨーロッパの技術者も私と共通の認識を持っていると感じます。
ただFIAは、BOPを導入することはしませんが、一番勝っているチームやパワーユニットメーカーが苦しむようなレギュレーション変更を時々してきます。
たとえば1980年代にホンダがターボエンジンでライバルを圧倒すると、自然吸気エンジンを導入することを決めました。でもそれは、あくまで各チーム共通のレギュレーションです。
強いところにハンデを背負わせて弱いところを有利にするというレギュレーションとは違います。BOPを導入すると、F1がF1ではなくなるというコンセンサス、共通の認識は関係者全員が持っているのでしょう。
本当の意味で、技術者対技術者の競争がある世界最高峰のレースといえば4輪ではF1ぐらいしかありません。そこで勝つためにはドライバーだけでなく、車体、パワーユニットの3つがすべてそろっていないとチャンピオンになることはできません。
F1は忖度なし、容赦なし、配慮なしという世界最高峰のレースだからこそ、そこでメルセデスやフェラーリに勝ってチャンピオンになれば自信が生まれ、世界一や世界初の商品開発にチャレンジするときに必ず役に立つと私は信じています。
ホンダはそういう無謀な挑戦をすることで成長していった会社です。F1での活動にはそんな一面もあるのですから、今後もチャレンジし続けてほしいと思います。
構成/川原田 剛

