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早寝早起きの達人、井上皓史さん(以下、こーじさん)は、22時就寝、5時起床が仕事。これまで経営者やサラリーマンなど、1,000人以上を夜型から朝型へと変えてきました。
現在は株式会社5AM(ごえむ)代表取締役として、朝活コミュニティ『5am club』を立ち上げ、朝の読書会や英語コミュニティなど、朝活を軸に多彩なコミュニティや事業を展開しています。
経営者である一方、5歳と1歳の二児の父親でもあり、夕方以降は家事に勤しむ。今回はそんなこーじさんに、朝活がもたらす人生やはたらき方の変化をテーマに、自分の得意を仕事にするヒントやお話を伺いました。
生まれながらの朝型人間。新卒1年目、成果が出なかったのは「朝を失った」からだった

──早寝早起きのプロとして活躍されているこーじさん。まずは、現在の活動について教えてください。
2025年5月に株式会社5AMを創業し、現在は主にオンライン朝活コミュニティ『5am club』の運営や、早起きコンサルティングや企業研修などをしています。これまで1,000人以上を夜型から朝型人間に変えてきました。
運営している『5am club』では、努力だけでは続かない朝活を「習慣」に変えるメソッドをもとに、メンバーで朝の時間を使って読書会や英語学習をするなど、早起きをきっかけに生活の質を高める場づくりを行っています。2026年1月時点でメンバーは200名を超えました。
実は私、社会人2年目まではごく普通の会社員だったんです。でも、自分がごく当たり前にしていた「早起き」をみんなに共有しはじめたことで、驚くほどに周囲から感謝されるようになり、気づけば早起きが自分のライフワークになっていきました。
——こーじさんはもともと早起きが得意だったのですか?
そうですね。家族全員朝型で、22時に寝て5時に起きる生活を、物心ついたころからずっと続けていました。朝5時半にはみんなで朝食を囲む。当時はそれが世間の当たり前だと思っていました。
小学生の頃は、早起きして前日の夜に録画していたバラエティ番組を観たり、宿題を済ませたりしていました。
夜になるとどうしても眠くなってしまうので、テスト勉強も当日の朝に詰め込むタイプ。夜に机に向かって勉強した記憶は、ほとんどありません。
——会社員としてはたらき始めてからも、朝型の生活は継続できていましたか?
それが最初は全然ダメでしたね。新卒でITの営業職に就いたのですが、10時に出社して朝礼から1日が始まり、そこから会議やアポイントが続き、気付けばランチの時間。本格的に仕事に取り掛かるのは14時くらいでした。
定時の19時ごろには、一番優先度の高いタスクが、まだデスクの上に残っている状態で。残業の日々が続き、日付をまたいでから布団に入る生活が当たり前になっていきました。
夜は眠気に引っ張られて、仕事のパフォーマンスも目に見えて落ちていきました。あれだけ得意だった早起きが次第に出来なくなってしまい、入社して3カ月が経つころには、心も体も限界に近づいていました。
──その状況をどうやって変えたのでしょうか?
これが本来の自分の状態ではないことはずっと分かっていました。成果が出ない原因は能力ではなく、生活リズムにあるんだと。
そこで思い切って、上司に「必ず成果を出すので、出社時間を10時から7時に変えさせてください」と相談してみたんです。朝残業というかたちで、早朝出社を認めてもらいました。
まだ誰もいない時間帯にオフィスの鍵を開け、最初に出社した人の名前を書く欄に、自分の名前を書き込んでから仕事にとりかかる。そんな生活が始まりました。
——朝残業、とても斬新ですね。そこから心身に変化はありましたか?
誰からも声がかからない、目の前の仕事だけに集中できる朝の3時間を手に入れたことで、その日最も重要なタスクから消化できるようになりました。仕事の効率が上がり、体調も次第に整っていきましたね。
新卒1年目だと特に、急にミーティングに召集されたり、「これ、今お願いできる?」と予定外の実務が入ったりと、どうしても自分でコントロールできない状況になりがちですよね。
実際に当時の私もそうで。だからこそ、朝残業というかたちで、誰もいない朝の3時間を使って、資料づくりや企画、リサーチなど、一人で集中して進めたいことや、その日で一番重要な仕事から手をつけて、朝のうちに終わらせるようにしました。そうすると、10時出社だったころの「最悪、今日これだけできていればOK」というラインをすでに越えた状態で1日が始められるんです。
同僚が午後の眠気と戦いながら進めている作業も、自分はすでに終えていました。人によって集中しやすい時間帯は違うと思いますが、私の場合は夜が近づくにつれて、集中力がスマホのバッテリーみたいにどんどん減っていきます。残量10%の状態で本気を出すのは、なかなか難しいですよね。
でも、朝は残量が100%の状態なので、すべてのエネルギーを自分の意思決定のままに使えるようになったことで、夜に何時間もかけて取り組んでいた作業が、朝の短い時間で終わるようになりました。
同じ1時間でも、朝と夜では全然パフォーマンスが違うことにも気付きました。
早起きを続けられるのは才能。周囲の言葉が力となり「早起き」で起業を決意

──その後、新卒から勤めていた会社を転職されてから、ご自身の早起きが誰かの役に立ちはじめたそうですね。
転職した先ではたらき始めてしばらくしてから、クライアント先の先輩から独立することを知らされ、「夜型から早起き生活に変えたい」と相談を受けたんです。
当時、私が早起きがゆえに朝5時くらいにメッセージを返していたので、先輩から「こーじくんの会社ってそんなに大変なの? 朝まではたらいているの!?」と驚かれて(笑)。ただの早起きであることを伝えたら「今独立したばかりで生活リズムが崩れているから、早起きのサポートをしてほしい」と頼まれました。
それまで誰かを早起きに変えた経験はなかったのですが、自分なりの早起きのやり方やメソッドはすでに確立していたんです。そこで、先輩から毎日の起床・就寝時間の報告をもらうようにして、コミュニケーションを取りながら伴走していきました。すると1カ月で、夜型だった先輩が完全な早起き体質に変わったんです。
自分にとっては当たり前だった早起きという習慣が、これほどまでに人の役に立ち、可能性を秘めているものだとは思いも寄りませんでした。
——そこから2017年、現在のオンライン朝活コミュニティ『5am club』の前身となる、『朝渋』を立ち上げられたんですね。
そうですね。早起きのサポートをさせてもらった先輩から、「その才能を今すぐ仕事に活かした方がいい」と強く背中を押されたことがきっかけとなりました。
本業と両立しながら、まず開催したのが「なぜ世界のCEOは朝早いのか?」というテーマのセミナーです。当時24歳で、スーツを着た年上のビジネスパーソンたちに向けて登壇しました。
思っていた以上に多くの人に集まっていただき、登壇後には「これまでにない視点が得られた」「想像以上に刺激を受けた」といったうれしい感想に加え、「朝活に興味を持ったけれど、継続できる場はないのか?」という声もたくさんいただきました。参加者の皆さんから拍手して喜んでいただけたのを今でもよく覚えています。
そこで、ニーズがあるのならコミュニティを始めてみようと考えるようになり、運営を始めたのが『朝渋』の原点です。そこから、コミュニティを軸にした活動が、少しずつ仕事として広がっていきました。
——はじめてのセミナー開催に加え、コミュニティ運営にも挑戦されました。当時、不安を感じることはなかったのですか?
正直、プレッシャーに押し潰されそうな日もありましたね。コミュニティで開催したイベントでは、SHOWROOMの前田裕二さんや中田敦彦さんなど、第一線で活躍されている方々が登壇してくださっていて。ファシリテーションやプレゼン、資料作成、コミュニティマネジメント、企画など、新卒3年目の私が挑戦するにはあまりに高いハードルばかりでした。
そんな私を見かねた妻が、「あなたが『朝渋』を自信もって運営し、語らなければ、コミュニティは存在する意味がない」「素晴らしい活動なんだから!」と、毎回背中を押してくれたんです。
その言葉に応えたい一心で走り続けるうちに、『朝渋』が事業として軌道に乗り、本業にする決意が固まるまでになりました。

