
私たちは「幾何学」と聞くと、古代ギリシャの数学者や学校の教科書を思い浮かべるかもしれません。
しかしもし、その起源がはるか6万年前にさかのぼるとしたらどうでしょうか。
南アフリカとナミビアで見つかったダチョウの卵殻の破片に刻まれた模様が「人類最古の幾何学的思考」を示す可能性があることが明らかになりました。
研究を行ったのはイタリア・ボローニャ大学の研究チーム。
彼らは、これらの幾何学模様は単なる装飾ではなく、「私たちの祖先が6万年前の時点で、すでにルールに基づいて世界を整理する抽象的思考能力を持っていた証拠かもしれない」と述べています。
研究の詳細は2026年2月11日付で学術誌『PLOS One』に掲載されました。
目次
- 規則に従って刻まれていた「幾何学模様」
- 抽象的思考のはじまりを示す証拠
規則に従って刻まれていた「幾何学模様」
今回の研究の対象となったのは、約6万年前のホモ・サピエンスが刻んだダチョウの卵殻です。
これらは南アフリカのディープクルーフ遺跡やクリップドリフト遺跡、ナミビアのアポロ11洞窟などから発見されており、当時は水を運ぶ容器として使われていたと考えられています。
これまで、こうした刻線は「装飾」あるいは「象徴的な印」として扱われてきましたが、それがどれほど体系的なものだったのかは明確ではありませんでした。
そこで研究チームは、112点の卵殻片に刻まれた線を対象に、幾何学的かつ統計的な分析を実施。
具体的には、線の角度や平行性、配置の規則性などを定量的に測定し、それが偶然の産物なのか、それとも意図された構造なのかを検証したのです。

その結果は驚くべきものでした。
刻線の80%以上において、平行線の反復や直角に近い交差など、明確な空間的ルールが確認されたのです。
さらに、斜線の帯(ハッチング)や格子、菱形模様といった複雑なパターンも見つかりました。
これらは単なる思いつきではなく、一定の規則に従って繰り返し構成されたものです。
つまり、6万年前の人々は「線を引いていた」のではなく、「ルールに従って図形を構築していた」ことになります。
抽象的思考のはじまりを示す証拠
では、この発見は何を意味するのでしょうか。
研究者たちは、これらの刻線に「回転」「平行移動」「反復」「埋め込み(構造の中に構造を作る)」といった認知操作が含まれている点に注目しています。
これは単なる模倣や装飾ではなく、一定のルールに基づいて形を組み立てる能力、すなわち「抽象的思考」の表れです。
特に重要なのは、これらの模様が全体として一貫した構造を持っている点です。
個々の線がバラバラに刻まれているのではなく、全体の配置が計画されているように見えるのです。
研究者は、これらの刻線を「視覚的文法の萌芽」と表現しています。
つまり、単なる絵ではなく、「ルールで構成された表現体系」の初期形態だというわけです。
このような能力は、後に記号や文字を生み出す基盤となります。
実際、単純な形をルールに従って組み合わせる能力は、人類が装飾から象徴体系、そして文字へと進化していく過程の中核にあると考えられています。
言い換えれば、私たちが文字を書き、図を描き、数学を理解する能力のルーツが、すでにこの時代に存在していた可能性があるのです。
もちろん、現時点では、これらの模様にどのような意味が込められていたのかは分かっていません。
しかし少なくとも、そこには偶然では説明できない秩序が存在しています。
私たちが当たり前のように使っている幾何学やデザインの感覚は、実は非常に古い起源を持っているのかもしれません。
6万年前の人類はすでに、「世界を線とルールで理解する」という一歩を踏み出していたのです。
参考文献
Ancient Fragments Could Be The World’s Oldest Known Geometry
https://www.sciencealert.com/ancient-fragments-could-be-the-worlds-oldest-known-geometry
Humanity’s oldest geometries, engraved on ostrich eggs
https://magazine.unibo.it/en/articles/humanitys-oldest-geometries-engraved-on-ostrich-eggs
元論文
Earliest geometries: A cognitive investigation of Howiesons Poort engraved ostrich eggshells
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0338509
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

