
太古の地球では、翅(はね)を広げると横幅70センチにも達する巨大なトンボのような昆虫が空を飛んでいました。
約3億年前の石炭紀には、現代では考えられないほど巨大な昆虫が数多く存在していたのです。
その理由として長らく有力視されてきたのが「当時は大気中の酸素濃度が高かったから」という説明です。
しかし最新の研究により、この“常識”が大きく揺らいでいます。
南アフリカ・プレトリア大学(University of Pretoria)らの研究によると、酸素濃度の高さは主たる要因ではなかったことが示唆されたのです。
研究の詳細は2026年3月25日付で科学雑誌『Nature』に掲載されています。
目次
- 巨大昆虫を生んだ「酸素濃度説」は正しいのか?
- 「酸素は制限要因ではなかった」顕微鏡が示した意外な事実
巨大昆虫を生んだ「酸素濃度説」は正しいのか?
石炭紀の地球では、植物の大繁栄によって大気中の酸素濃度が現在より最大で約45%も高かったと考えられています。
この時代には、翼開長70センチメートルに達するグリフィンフライ(トンボに似た絶滅昆虫)や、45センチメートル級のカゲロウ様昆虫など、異様な巨大昆虫が存在していました。

この事実から、生物学者たちは長年「酸素濃度が高かったから巨大化できた」と考えてきました。
その理屈はこうです。
昆虫は肺を持たず、代わりに体内に張り巡らされた「気管系」と呼ばれる管状の構造で酸素を体内に取り込みます。
この気管は枝分かれしながら体中に広がり、末端の「毛細気管(tracheole)」を通じて筋肉などの細胞に酸素を届けます。
しかしこの仕組みでは、体が大きくなるほど酸素の供給が追いつかなくなると考えられてきました。
つまり「ある大きさを超えると酸素不足で生きられない」という“サイズの上限”が存在し、その上限は大気中の酸素濃度によって決まるというわけです。
この考えは直感的にも分かりやすく、1990年代以降、ほぼ定説として受け入れられてきました。
ところが今回の研究は、この前提そのものに疑問を投げかけました。
「酸素は制限要因ではなかった」顕微鏡が示した意外な事実
研究チームは今回、昆虫の体サイズと酸素供給能力の関係を直接調べるため、44種の昆虫(10の目)を対象に、飛翔筋に含まれる毛細気管の量を電子顕微鏡で詳細に測定しました。
その結果、非常に重要な事実が明らかになります。
まず、飛翔筋に占める毛細気管の割合は、ほとんどの種で1%以下に過ぎませんでした。
さらに驚くべきことに、体重が約1万倍も異なる昆虫同士でも、この割合はほとんど変わらなかったのです。
具体的には、最小の昆虫では約0.47%、最大の昆虫でも約0.83%と、わずかな差しか見られませんでした。
この関係を化石種にも当てはめると、体重約100グラムに達する巨大昆虫でも、毛細気管の割合はやはり約1%程度と推定されました。
ここで重要なのは、「もし酸素がサイズの制限要因であるなら、大型昆虫ほど毛細気管が大幅に増えているはず」という点です。
しかし実際にはそうなっていませんでした。
これは、昆虫の体サイズが酸素供給によって制限されているわけではないことを強く示しています。

しかも、毛細気管は筋肉の中でごくわずかな空間しか占めていないため、理論上はさらに増やす余地が十分に残されています。
比較として、鳥類や哺乳類の心筋では毛細血管が昆虫の毛細気管の約10倍もの割合を占めていることが知られています。
この事実は、もし酸素が本当に制限要因であれば、進化によって毛細気管を増やすことは十分可能であることを示唆しています。
つまり、昆虫が巨大化できない理由は「酸素不足」ではなく、別の要因にあると考えられるのです。
候補としては、鳥類や翼竜の登場による捕食圧や空中での競争、あるいは外骨格の強度といった力学的制約などが挙げられています。
約3億年前の巨大昆虫は、「酸素が豊富だったから」というシンプルな理由で説明できるものではなかったようです。
むしろ今回の研究は、生物の進化が単一の要因ではなく、環境・競争・身体構造といった複数の要素の相互作用によって形づくられることを改めて示しています。
かつて空を支配した巨大昆虫たちは、単に「酸素に恵まれていた存在」ではなく、その時代特有の生態系のバランスの中で成立していた存在だったのかもしれません。
参考文献
Massive insect body size 300 million years ago may not have been due to high atmospheric oxygen
https://phys.org/news/2026-03-massive-insect-body-size-million.html#goog_rewarded
300 Million Years Ago, Insects Were Enormous. That Stopped – And We’re Probably Wrong About Why
https://www.iflscience.com/300-million-years-ago-insects-were-enormous-that-stopped-and-were-probably-wrong-about-why-82966
元論文
Oxygen supply through the tracheolar–muscle system does not constrain insect gigantism
https://doi.org/10.1038/s41586-026-10291-3
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

