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〈平野綾ソロ歌手デビュー20周年〉「自分の声は変だと思ってた」自称“陰キャ”が舞台女優として開花するまで

〈平野綾ソロ歌手デビュー20周年〉「自分の声は変だと思ってた」自称“陰キャ”が舞台女優として開花するまで

『涼宮ハルヒの憂鬱』涼宮ハルヒ役で一時代を築いた平野綾。98年に子役としてデビューした彼女にとって、2026年は声優デビュー25周年、歌手ソロデビュー20周年という節目の年だ。アイドル活動、舞台進出、事務所独立……山あり谷ありだったキャリアを経て、“俳優”平野綾が現在見ている景色とは。〈前後編の後編〉

「自分の声は変だと思ってた」

――『涼宮ハルヒの憂鬱』の影響で、平野さんのキャリアは声優からだと思っている方が多いと思うんですけど、じつは子役スタートなんですよね。

平野綾(以下、同) そうなんです。だから、再来年で芸歴30周年になるんです。

――なぜ芸能界に入ろうと?

小さい頃はコンプレックスの塊で、だからこそ華やかな世界に憧れたのかもしれませんが、自分以外の人間になれる役者、とくにミュージカル俳優という仕事を意識し始めて。

10歳で児童劇団に入りたいという話を両親にしたら「やるなら一生の仕事にできるように頑張りなさい」と言われ、子役として活動することになりました。

――ただ、当初は引っ込み思案でなかなか前に出られなかったとか。

本好きの陰キャだったから、本当に人前が苦手で……(苦笑)。

(2000年放送開始のテレビ東京系ゲーム情報番組)「マリオスクール」のレギュラーだったのですが、共演していた(渡辺)徹さんからも子役にしては大人しく芸能界に向いてないのではと心配して、いつも「大丈夫か?」と声をかけていたと後にうかがいました。

――声優デビューはその頃?

はい。2001年です。

その前年にドラマに出演した際、監督だった三池崇史さんが「声が面白いから声の仕事もやってみたら?」と言ってくださったのを当時のマネージャーが聞いていて、アニメオーディションを受けることになり、そのオーディションに受かって声優デビューすることになりました。

――それまで自分の声についてどう思ってたんですか?

変な声だと思ってました(笑)。小学生の頃から見た目の割に声が大人びてて、「そのギャップをなくさないと芝居のオファーはこないよ」と児童劇団の先生に言われたりと、役者としての弱点でありコンプレックスだったんです。

――それが声優だと強みになった。

そうですね。声優2作目の『キディ・グレイド』(2002年放送、フジテレビ系)では、見た目は10歳なのに何百年も生きているリュミエールという役を演じさせてもらって、声優はキャラクターとともに作りあげるので、年齢や見た目を意識せず、性別も人種も飛び越えてお芝居できる、すごく魅力的なお仕事だと感じました。

バラエティの立ち居振る舞いを学んだアイドル時代

――しかし、同時期に深夜のバラエティ番組発のユニットとしてアイドル活動も開始していますね。

声優がだんだんと楽しくなってきたタイミングで、アイドル活動を優先するためにアニメの仕事は一度ストップするという方針に……。

――あまり乗り気ではなかった?

いつ辞めても大丈夫ですと割り切って一生懸命やってました(笑)。だってお芝居がしたくてこの世界に入ったわけで、アイドルがしたかったわけじゃないですから。

まぁ鳴かず飛ばずで何年かやってすぐ解散してしまったんですけど。

――ということは、このアイドル時代は黒歴史?

公言できる黒歴史です(笑)。でもバラエティでの立ち居振る舞いはここで学べましたし、後にも先にもグループを組んだのはこの期間だけなので、その後の声優ユニットとしての活動にも活かされたと思います。

すべての経験が今につながっているので、まったく否定はしないです。

――そして2006年から本格的に声優活動を開始。

アイドルを畳んで、事務所から次は何をやりたいかを聞かれて、中途半端になってる声優業をやりたいって話をしたんです。

――舞台役者の夢は一旦置いておいた形ですか?

子役時代に舞台のオーディションに落ち続けていたし、アイドル時代は踊りが全然ダメ。ミュージカルは芝居、歌、踊りのすべてが揃ってないとできなから「今の私には舞台に出る実力がない」と気づいたんです。

技術的に今、舞台に挑戦しても無理だから、まずは自信をつけてからにしようと、気持ちを一旦胸に秘めておくことにしてました。もちろん声優業が自分に合ってることもわかっていたので、大切にしたい気持ちから本格的に声優業に力を入れてみようと思ったというのが一番ですが。

――ほどなくして『涼宮ハルヒの憂鬱』のハルヒ役で大ブレイク。一気に全国区の知名度になりました。

そこから5年くらいは本当に目まぐるして……。私は不器用だから一つひとつの役に時間をかけて役作りをしたいのですが、ありがたいこととはいえ出演アニメの本数が多いとそういうわけにもいかず。

大学も辞めなくちゃいけなくなり、体調不良も重なって事務所を辞める話が進んでいたタイミングでついに舞台のお話をいただいて。

――今ならいけるのではないかと。そこから事務所を移籍し、軸足は徐々に舞台へと移っていきます。当初は実力が足らないと思っていた舞台ですが、この世界でやっていけると思った瞬間は?

『レ・ミゼラブル』のオーディションを受けてみることにしたんです。「あのミュージカルの金字塔に私なんか絶対無理だ」と思ったんですけど、さまざまな経験をさせてもらえた今だからこそできる役や技術もあるはずだと思い、挑戦することにしました。

――そして、エポニーヌ役に抜擢されると。

今までさんざんオーディションに落ち続けてきただけに一番の自信になりました。その翌年(2014年)に初の帝国劇場主演を務めさせていただいた、世界初演の『レディ・ベス』もオーディションに受かり掴んだ役だったので、初めて0番(舞台の中心)に立てた瞬間、今までの試練はすべてこの時のために必要な経験だったんだと思えました。

遠回りとは言いませんが、本当にいろいろありました。すべての経験がこれだけ活かされる職業って役者くらいしかないんじゃないかなって思っています。

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