日本の雪山は、いま世界中のスキーヤーやスノーボーダーを惹きつけている。北海道のニセコや大雪山、長野県の白馬などは、軽く乾いたパウダースノー、通称「JAPOW(ジャパウ)」の聖地として知られ、各地で降雪が強まった今冬は特に海外からの観光客が急増した。だが、その人気の高まりの陰で、バックカントリースキーによる山岳遭難や雪崩事故も増えている。
深刻な人的誘発雪崩の危険性
整備されたスキー場の外に広がる自然の斜面は魅力的だが、そこは同時に危険を伴う「雪山」である。自然の状態のままの雪山を滑るバックカントリースキーでは、ゲレンデでは考えられないようなことが起こりうる。レジャーの延長で踏み込めば、重大事故に直結するリスクが潜んでいるのである。
まず、山岳遭難の現状を見てみよう。北海道警察の統計によると今季の冬山遭難事故は2月19日に時点で23件、37人で28人がバックカントリーのスキーヤーだ。昨年に比べ9件、17人増で、1963年の統計開始以降最多ペース。
一方、長野県も日本有数の山岳遭難多発地域だ。長野県警によれば、2025年の山岳遭難は358件で、統計を開始した1954年以降、最多を3年連続で更新した。
地域は違えど、共通しているのは「冬山利用者の増加」と「事故の多様化」だ。北海道ではパウダースノーを求めたバックカントリー滑走者が多く、長野では冬山登山とバックカントリースキーの両方が事故原因になっている。
バックカントリーの冬山事故の中でも特に深刻なのが雪崩だ。「雪崩は自然現象だけはない」と語るのは日本雪氷学会雪崩分科会副会長の北海道教育大学教授、尾関俊浩氏。
「斜面に滑走者の力が加わることで雪が刺激され、特に不安定な層(弱層)が破壊されて雪崩が発生します。滑走者の荷重が雪面にかかることで、雪の内部にある弱い層が破断し、斜面全体が崩れ落ちるのです。
人的誘発による雪崩は一気に広い範囲の積雪が崩れる面発生表層雪崩になるケースが多い。到達するスピードも速いため、山岳活動者にとって非常に危険です」
春先など日射によって積雪表層の雪が濡れると、雪が重くなるので小さい雪崩に少し巻き込まれただけでも骨折などの重症を負う場合もある。尾関氏によると、物理的に雪崩の危険性が高いのは30~45度の斜度。この斜度はスキーヤーやスノーボーダーにとって滑りやすく好まれるため、雪崩が起きやすいエリアといえるだろう。
雪崩事故を防ぐための知見と装備の重要性
スキーヤーによる人的誘発雪崩は、滑走者のみならず登山者への二次災害も甚大だ。雪崩を避けるべく気象や地形を考慮し登山する熟練者でも、急に発生する人的誘発雪崩の前にはひとたまりもない。
2025年5月13日、長野県の北アルプスの北穂高岳で登山中の3人が雪崩に巻き込まれ、62歳の男性が死亡した事故があった。死亡したのは北杜市に住む伊藤勝さん。地元メディアが「登山者の滑落による雪崩」と報じたが、その後、半年以上にわたる警察の捜査で、スキーヤーが誘発した雪崩だったということが判明した。
伊藤さんの妻(61歳)のSさんは語る。
「昼近くになり気温が上昇したので、夫は保温着を脱ごうとリュックを下ろしてヘルメットを外した、まさにその瞬間でした」
突如スキーヤーが現れたかと思うと雪崩が発生。Sさんも流され岩にたたきつけられたが、背負っていたリュックがクッションとなり、その反動で雪の中から飛び出し擦過傷と打撲だけですんだ。リュックもヘルメットも外した、いわば丸腰状態で流された伊藤さんは多発外傷でほぼ即死状態だった。
「雪崩に埋もれてしまった場合、生存確率は時間に左右されます。統計データによると、15 分を過ぎると生存確率が急激に低下します。雪山でヘリコプターを呼んでも 15 分以内に到着して掘り出しまでおこなうことは難しいため、同行者による迅速な救助が生死を分けます」(尾関氏)
したがってスキーヤーも登山者も、単独行動を避けることが重要だ。そして地形の特徴の把握し、移動する際は、可能な限り雪崩地形を避ける。そして常に風、降雪、気温の変化に気を配り、危険区域に入らないことが大切だ。
「気象庁の雪崩注意報は、斜度や斜面方位を考慮せず、降雪量や気温という基本的なデータのみで発令されています。例えば、一定の積雪量に達したら自動的に注意報が出される仕組みになっており、広いエリアで一括発令されるため、同じエリア内でも危険な場所と全く問題ない場所が混在。
実際には、同じ地域でも地形や積雪状況によって危険度は大きく異なります。気象庁の雪崩注意報は発令率が高すぎて、外れることも多いため、ユーザーは『またか』と考えてしまう危険性がある。注意すべき気象条件は大量降雪直後、強風時や吹雪の最中、または風が弱まった直後、急激な昇温や大きな気温変化」
と、尾関氏は力説する。
加えて重要なのが命を守る装備である。冬山における命を守る三種の神器と呼ばれるのが、雪崩で埋まった人の位置を電波で探す雪崩トランシーバー(ビーコン)、ブローブと呼ばれる雪中の埋没位置を特定する棒状の探査器具、そして埋没者を掘り出すショベルだ。この「ビーコン・プローブ・ショベル」の三点セットは、欧米ではバックカントリースキーの基本装備として広く普及している。
さらにエアバッグ付きバックパックやヘルメットも欠かせない。エアバッグは雪崩の中で体を表面に浮かせる効果があり、埋没リスクを減らすとされる。またヘルメットは、雪崩で木や岩に衝突した際の頭部外傷を防ぐ役割がある。

