最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
脳トレ四択クイズ | Merkystyle
250日間勾留された弁護士が見た拘置所の現実「保釈も執行猶予も滅多に見られず、ほとんどが実刑になってゆく」判決まで保釈されない人は実刑になりやすいのか

250日間勾留された弁護士が見た拘置所の現実「保釈も執行猶予も滅多に見られず、ほとんどが実刑になってゆく」判決まで保釈されない人は実刑になりやすいのか

裁判の判決を待つ人たちが勾留される拘置所。その中で、人はどのように過ごし、どんな現実に直面するのか。250日間にわたって勾留された弁護士の江口大和氏が見た閉ざされた空間内での現実とは。

 

『取調室のハシビロコウ: 黙っていたら、壊された。 ある弁護士の二五〇日勾留記』より一部抜粋、再構成してお届けする。

ベテランぞろい

長期間の勾留生活の中で、私は日々葛藤を抱えながら過ごしていた。周囲の独房に目を向けると、そこにもまた、様々な事情や生きづらさを抱えた隣人たちがいた。

その姿は、ときに理解でき、ときに私の理解を超えていたけれど、たしかにその人なりの人生の重みを表していた。

プリズンという閉ざされた空間で、隣人たちの姿と声は、否応なく私の目と耳に焼きついていった。プライバシーに配慮して特定を避けつつ、ふり返ってみたい。

横浜プリズンの隣人たちは、大半が経験者、つまり過去にもプリズン(拘置所または刑務所)で暮らしたことのある人々だった。入れ墨のある人物はもちろん、後に登場する幻覚に悩まされる人や吃音を抱えた人も、外からはうかがい知れない経験者の痕跡をもっていた。

私がはじめてのプリズン生活に戸惑っていた一方で、彼らの判断と行動には、暗黙知を熟知しているかのように、慣れと知恵がにじんでいた。

たとえば、ある隣人の行動は、私に強烈な印象を残した。

前提として、まず横浜プリズン(拘置所)では、正月にはおせちの折詰が、祝日にはお菓子が支給される。

次に、実刑判決を受けて控訴した後で、控訴を取り下げると、取下げの意思表示をした日から刑期のカウントが始まる。もっとも、実際に既決囚としての処遇と刑務作業が行われるようになるのは、取下げから何日か経ってからとなる。

さて、その隣人は、2018年の末に実刑判決を受け、控訴していた。彼は年末年始を未決(受刑者ではなく被告人)の立場で過ごした後、年明けの1月11日、三連休の前日である金曜日に、

「控訴を取り下げます」
と申し出た。そして連休明けに、既決囚として去っていった。

こうすることで、この隣人は、正月のおせち、三が日のお菓子と成人の日(1月14日)のお菓子にありついた。その一方で、成人の日を含む三連休を刑期にカウントさせることで、いわば「おいしいとこ取り」を実現したことになる。

舌を巻いたのは、「三連休の前日に控訴を取り下げる」という行動だ。

まず彼は、「控訴を取り下げると、その日から刑期のカウントが始まるものの、既決囚としての処遇と刑務作業は何営業日か後から始まる」という制度と運用とのタイムラグを知っていた。

これだけでも経験者ならではの(悪)知恵だけれど、彼のすごさはまだある。

素人だったら、連休を既決囚として過ごすということの居心地の悪さに耐えられない。連休の間に気持ちの整理をつけてから、休み明けにようやく控訴を取り下げるという人もいるだろう。

ところがその隣人は、連休が刑期に算入されるという実利を優先して、三連休の前日に、何でもないような口調で「控訴を取り下げます」と申し出たのだ。

情緒よりも実利を選び、制度と運用との隙間を淡々と利用する。そこにあるのは、プリズンの経験者ならではの冷静な計算だった。

その玄人なふるまいに、私はうなった。ちなみにその隣人には、入れ墨があった。

誰もいなくならない

横浜プリズンで生活するうち、周囲の隣人が誰もいなくならないことに気づいた。私より前からいた人は、そのままいつづけ、やがて既決囚となって移動してゆく。私より後にやってきた人も、やはりほとんどが既決囚となって移動していった。

移動の前夜になると、看守が
「明日、確定ね」
と告げに来る。

厳密には、実刑判決が確定してからすでに数日が経っているのだけれど、既決囚としての処遇に移行することを、便宜的に「確定」と表現しているようだった。

そして翌朝、普段の看守とは違う職員が迎えに来て、官服のまま、荷物をもって移動してゆく。横浜プリズン(拘置所)には、刑務所へ移送される前の既決囚が刑務作業をしながら過ごす階がある。おそらくその階へ移るのだろう。

これと異なり、執行猶予判決を受けた人は、法廷から戻ってくるとすぐに私服に着替え、慌ただしく荷物をまとめて去ってゆく。

保釈の場合はさらに唐突で、看守がひそひそ声で何事かを伝えに来ると、間もなくその房の人は私服に着替え、慌ただしく荷物をまとめて出てゆく。動きがなかったところから、突然私服になって出てゆくため、保釈とわかるのだ。

けれども、私が横浜プリズンにいた250日間のうち、保釈で去っていった人は、二部屋隣まで含めてもたったひとりしかいなかった。執行猶予で去った人は、さらに少し離れた部屋のひとりだけだ。圧倒的多数は、実刑になって移動していった。

保釈も執行猶予も滅多に見られず、ほとんどが実刑になってゆく。入れ墨のある人もない人も、見るからに経験者の人もそうでない人も、等しく同じ道を歩んでゆく。

この現象は単なる偶然なのか、それとも、判決まで保釈されない人は実刑になりやすいという暗黙の傾向の表れなのか。

刑事弁護人としての経験上、たしかにその傾向はあった。けれど、ここまで露骨な比率には、戸惑いと疑問を覚えた。

実刑になってゆく隣人たちは、はたして出所後に帰るべき場所をもっているのだろうか。仕事や家庭、そして自分自身の居場所をとり戻せるのだろうか。

事件に巻きこまれる前から、私は障害やハンディキャップなどの生きづらさを抱えた人の弁護を多く扱っていた。福祉や心理の専門家と協力して、これらの人の帰住先を整える環境調整活動(司法ソーシャルワーク)にうち込んでいた。

けれども、横浜プリズンの現実は、私の想像をはるかに超えていた。社会に戻る場所をもたない人々の多さに直面して、みずからの想像力の浅さを痛感した。

社会に戻る場所をもたず、帰住先を整える必要性の高い人は、思っていた以上に多い。

だからこそ、外に戻ってふたたび弁護士として歩みだすときが来たら、これまで以上に、社会に居場所のない人に帰る場所を用意する司法ソーシャルワークに力を注ごうと、深く心に決めた。

文/江口大和

提供元

プロフィール画像

集英社オンライン

雑誌、漫画、書籍など数多くのエンタテインメントを生み出してきた集英社が、これまでに培った知的・人的アセットをフル活用して送るウェブニュースメディア。暮らしや心を豊かにする読みものや知的探求心に応えるアカデミックなコラムから、集英社の大ヒット作の舞台裏や最新ニュースなど、バラエティ豊かな記事を配信。

あなたにおすすめ