「耕作放棄地になっていたかもしれない」胸に芽生えたミッション
選手たちが管理する田んぼは73枚に及ぶ。この美しい風景を守ることも、彼らにとっての「勝利」のひとつだ写真提供:株式会社JPFagri/SDGs大多喜学園
彼らが現在管理している田んぼの数は、73枚にのぼる。 「もし僕たちがいなければ、この73枚は耕作放棄地になっていたかもしれない」。その事実は、彼らが地域に存在する意義そのものだ。
地元の農家から「これ以上管理しきれない、君たちにお願いしたい」と託される田んぼ。それは、地域からの信頼の証でもある。 移住当初、「何もない町だと思った」と語る遠藤選手や片岡選手だが、今ではその「何もない」風景を守ることが、自分たちのミッションだと感じている。
「バスケを引退した後どうするかは、まだ明確には決めていません。でも、ここで学んだ『スポーツ×社会課題解決』という視点は、どんなキャリアにも通じるはずです。農業じゃなくてもいい。スポーツの熱量を何かの課題解決にぶつけることで、地域はもっと豊かになる」(遠藤選手)
片岡選手もまた、「第一次産業や社会課題を解決できるような存在になりたい」と語る。東京のコンクリートジャングルでは見えなかった「働くことの意義」を、彼らは大多喜の土の上で見つけつつある。
未来の働き方のロールモデルとして
「仕事とは、誰かに貢献すること」。大多喜の地で、彼らは新しいアスリートの生き方を証明し続ける。遠藤勇一選手(左)と片岡霞選手(右)photo by Yoshio Yoshida
彼らの挑戦は、単に「バスケと農業を両立させた」という成功譚ではない。 人口減少、地方の過疎化が進む社会において、都市部の若者が地方へ移り住み、地域の資源(農業)を守りながら、自身の夢(スポーツ)も追いかける。そのための生活基盤を企業が「仕組み」として提供する――。 これは、現代における「新しい生き方・働き方のプロトタイプ」と言えるのではないだろうか。
取材の最後、遠藤選手が語った言葉が印象的だった。 「今の時代、タイムパフォーマンスや効率が重視されがちで、時間外労働や泥臭いことは敬遠されがちです。でも、僕たちは泥だらけになって、一見効率の悪いこともやりながら、地域の人に『ありがとう』と言われることに喜びを感じている。『仕事って、誰かに貢献することだよね』という本質を、この活動を通じて伝えていきたいんです」
73枚の田んぼの管理は、今日も続く地道な作業だ。しかし、その一歩一歩が、スポーツの価値を再定義し、地方の明日を少しずつ変えていく確かな力になっている。
text & photo by Yoshio Yoshida(Parasapo Lab)
写真提供:株式会社JPFagri/SDGs大多喜学園
