2026年北中米ワールドカップ開幕が刻一刻と近づくなか、各国チームの調整は最終段階に入っている。テストマッチはもはや実験の場ではなく、細部を整えるための最終調整。いわば「完成形の確認作業」だ。だが、その流れから完全に取り残されている国がある。ブラジルだ。
現在のブラジル代表には、全てを支える骨格がない。模索し、試行錯誤し、監督があちこちから集めた布をパッチワークのように縫い合わせ、代表チームらしき形を作ろうとしている。
誰が主力なのか。どの組み合わせがベストなのか。どのようなサッカーをするのか。そのすべてが、いまだ定まっていない。W杯まで残された時間は、わずか70日あまり。にもかかわらず、先発メンバーの半分すら固まっていないという異常事態にある。これは単なる調整不足ではない。チームそのものが未完成なのだ。
状況を悪化させているのが、相次ぐ負傷者だ。負傷者リストはどんどんと長くなり、レアル・マドリーのロドリゴは大会欠場(3月2日のヘタフェ戦で右膝の前十字靭帯および外側半月板を負傷)となり、バルセロナのラフィーニャは3月26日に行なわれたフランスとの親善試合で負傷。3~4週間の離脱となって本大会出場は不透明だ。
25年12月のセルタ戦で左大腿二頭筋を断裂したR・マドリーのエデル・ミリトンは復帰できるかどうかさえ分からない。そして象徴的なのがGKだ。リバプールのアリソンは度重なる怪我のため、出場できる状態ではなく、エデルソンはマンチェスター・シティから放出され、現在はトルコのフェネルバフチェでプレーしている。そして第3GKのベント(アル・ナスル)がレギュラーに最も近い存在という逆転現象が起きている。
そんななか、GK4番手と見られるコリンチャンスのウーゴ・ソウザはチャンスを掴もうと奮闘し、さらに序列が下のガブリエウ・ブラゾン(サントス)は出場の機会を祈っているが、とにかくひとつはっきりしているのは絶対的な守護神が不在ということだ。さらにすべてのポジションに絶対という選手が見当たらないセレソン(ブラジル代表の愛称)の状況は、チーム構築を根底から崩している。
他国とブラジルの違いは明確だ。フランスをはじめとする強豪国は、すでに数年単位で積み上げたチームに微調整を加えている。優勝候補12か国すべてに例外なく、長年チームを率いてきた監督に、明確なチームの核が存在する。
一方のブラジルは、いまだ土台作りの段階にある。25年5月に就任したカルロ・アンチェロッティ監督が率いる現体制はほんの少し前にスタートしたばかりだ。選手たちはアンチェロッティの決して流暢ではないポルトガル語を理解しようと努め、開幕までにどのように自信を持てばよいか模索している。
監督本人にしても、いまだ選手の特性や組み合わせの正解を、完全に把握していない。イタリア人監督はフラメンゴのFWペドロがプレーする姿を一度も見たことがないし、ブラジルのパルメイラスでゴールを決めているFWヴィトール・ロッキがどんな選手なのか、まだよく理解できていない。ピッチ上でも監督としても数々のタイトルを獲得してきたアンチェロッティだが、まだ奇跡を起こすことはできないのだ。
テストマッチでさえ、目的は「仕上げ」ではなく「模索」だ。つまりブラジルは今、他国が数年前に終えている工程を、本大会直前になって突貫工事で行なっている。アメリカで行なわれたフランスとの親善試合では、その現実を突きつけられた。
ブラジルは数的優位(55分にフランスDFダヨ・ウパメカノが退場)を得ながらも1-2で敗北。内容でも劣っていた。印象に残ったのは、チームではなく個人のプレーだった。ひとりで局面を打開する選手はいる。例えば後半から出場した右ウイングのルイス・エンリケ(ゼニト)は、純粋な才能と個人技を駆使してフランス守備陣を粉砕した。
だが、それを支える“チーム”がない。唯一の得点も、戦術の結果というよりは偶発的なものだった。ラフィーニャ、ガブリエウ・マルチネッリ(アーセナル)、ヴィニシウス・ジュニオール(R・マドリー)、ルイス・エンリケ、ジョアン・ペドロ(チェルシー)、マテウス・クーニャ(マンチェスター・U)。こうしたFWを擁していたにもかかわらず、ブラジルのゴールはDFブレーメル(ユベントス)がセットプレーの流れから決めたもの。ちなみにブレーメルは試合の前日までスタメンの候補に挙がっていなかった。
スターは揃っている。しかし、チームは存在しない。
この混乱は突然生まれたものではない。2022年カタール大会後、体制は崩壊した。監督は短期間で次々と交代し、暫定政権や兼任体制が続いた。さらにCBF(ブラジルサッカー連盟)自体も政治的混乱に揺れ、長期的なプロジェクトは機能しなかった。その空白の時間が、今になって重くのしかかっている。
もうひとつの問題は、中心選手の不在だ。かつてチームの軸だったネイマール(サントス)は、長く代表から離れている。彼の不在は単なる戦力ダウンではない。チームの構造そのものを失わせた。
誰を中心にチームを組み立てるのか。その答えが、いまだに見つかっていない。
W杯前に残された試合は3回しかない。現地3月31日に米オーランドで行なわれるクロアチア戦、5月31日にリオデジャネイロのマラカナンで行なわれるパナマ戦、本大会直前に行なう6月6日のエジプト戦だ。
これらの試合でチームを構築して戦術を定め、精神面を整えなければならない。他国にとっての仕上げの期間にブラジルは、すべてをやり直す。
ブラジルにサッカーの才能はある。それは疑いようがない。
だが、現代サッカーにおいて重要なのは、個ではなく構造であり、継続性だ。それを組み立てるのには時間が必要だ。だがもう時間がない。方向性も定まっていない。そして、チームもまだ存在しない。
こうした状況でW杯に臨むブラジルは、かつてのような「優勝候補」ではなく、蓋を開けるまで何の予測もできないチームだ。サポーターも、監督も、そして選手自身も、いったいW杯で何が起こるのか分かっていない。
文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子
【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/1963年8月29日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。ジャーナリストとして中東戦争やユーゴスラビア紛争などを現地取材した後、社会学としてサッカーを研究。スポーツジャーナリストに転身する。8か国語を操る語学力を駆使し、世界中を飛び回って現場を取材。多数のメディアで活躍する。FIFAの広報担当なども務め、ジーコやカフー、ドゥンガらとの親交も厚い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授として大学で教鞭も執っている。
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