過去の失敗をいつまでも引きずってしまう、「あのときこうすればよかった」と夜中にひとり後悔する――。そんな経験を持つ人は多いだろう。だが、101歳まで現役で薬局に立ち続けた薬剤師・比留間榮子さんのモットーは、「後悔は毒であり、『ごめんなさい』はいち早く」。95歳で大手術を経験してもなお、店頭に立ち続けた彼女が実践してきた「心の処方箋」とは。
『ほどよくまわり道して生きていく』(サンマーク出版)より抜粋・再構成してお届けする。
後悔は毒
過去を悔やむことは、
現実を見えなくする「毒」です。
過去と人は変えられません。
これからと、自分を変えていく一歩を
踏み出します。
起きたことを変えようとせず、人を変えようとしないこと。普段からそれを心がけてお店に立っています。
私は95歳で股関節の人工関節を入れる手術をしました。88歳のときに骨にヒビが入ったのを、忙しさを理由にほったらかしにしていたところ、タクシーに乗り込むときに更に痛めたためでした。無理は禁物ですね。手術後は起き上がるのも痛く、歩いても痛く、そこで初めて、自分を大切にしてこなかったことを後悔しました。
でも、後悔しても、過ぎてしまった時間は戻ることはありません。足を痛めた過去は変わりません。足は痛いけれど、仕事には行きたい。なんとかまたお店に立ちたい。きっと私なら乗り越えられるはずと、毎日リハビリに励みました。
あのとき、後悔だけで何もしなかったなら、きっと今の私はいないでしょう。必死に取り組む自分をきちんと見ていなかったら、愚痴ばかりこぼしていたことでしょう。
過去を悔やむことは、今という現実を見ないことにも繋がります。私の場合、過去を悔やむことをやめ、孫と職場に行くために、痛みと向き合いました。足は痛みますが、またお店に立ちたいという思いが勝り、日々、布団から起き上がる毎日でした。
過去を悔やむことは百害あって一利なし。
後悔は毒であり、今日の一歩は、過去や誰かを変えようとするものではなく、あくまでも自分を変えていく一歩でありたいと思います。新しい一歩は何かしら……そんなふうに考えてみるのです。
「ごめんなさい」はいち早く
言いすぎた、悪かった、と思ったなら、
「ごめんなさい」はいち早く。
相手からの「ごめんなさい」も、
素直にすぐに受け取るに限ります。
実は私、一緒に店で働く孫の康二郎とはよく「けんか」をします。
私の知らないところで、あれやこれやと頑張ってくれているのをよく知っているのですが、康二郎はあまり話してくれず、私が根掘り葉掘り聞こうとすると煙たがります。だからときおり、「私にきちんと教えてちょうだい」なんて、帰りのタクシーの中で言い合ってしまいます。
康二郎は、近所でひとり暮らしをしていて、私が先に降りるのですが、家に着いてから「ああ、言いすぎたかしら」と思うこともあります。
そんなときは、ひと晩中後悔なんかしていません。すぐにスマートフォンを取り出し、電話をかけます。「さっきはごめんなさいね」と伝えて、すぐに仲直りするのです。
家族だからといって「わかってくれるはず」ではいけないと思っています。一緒に仕事をしているから、翌朝にはすっきりしていたいですしね。
不思議なことに、「まだ言えない」「もう少し様子を見よう」と抱え込んでいるほど、気持ちはこじれていくものです。思い切って声に出すことができれば、それまで動かなかった歯車が、すっと回り始める。最近は、そう実感しています。
何にもまして、「ごめんなさい」は、早く言うに限ります。時間が経つと言いづらくなりますから。相手からの「ごめんなさい」も、早く素直に受け取ること。受け取りそこねて何十年もわだかまるのは、もったいないと思いませんか?
文/比留間榮子

