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死亡フラグ立った『風、薫る』立派過ぎる父と”ばけばけ・司之介”を比較するファン多数 でも実は「共通点」があった?

死亡フラグ立った『風、薫る』立派過ぎる父と”ばけばけ・司之介”を比較するファン多数 でも実は「共通点」があった?


北村一輝さんプロフィール写真

【画像】え、「そうなの」 コチラが地元で評判の美人と言われていた『風、薫る』りんのモデルの人物です

え、まさかの共通点

 2026年3月30日(月)から、NHK連続テレビ小説『風、薫る』の放送が始まりました。本作のヒロインのひとり「一ノ瀬りん(演:見上愛)」は、明治初期の栃木県那須地域の山すその町で暮らす元武士の娘という設定です。そんなりんの父、「一ノ瀬信右衛門」は第3話の最後に急にせき込み倒れてしまいました。

※この記事では『風、薫る』のネタバレにつながる情報に触れています。

 北村一輝さん演じる信右衛門は、公式サイトで「那須地域にあった小藩の元家老。明治維新前に家老職を辞して農家になり、役人への誘いがあっても断り続けている」と説明されている人物で、村人たちから尊敬され、りんと妹の「安(演:早坂美海)」たちをしっかり教育しようとする立派な父です。3話では彼が家老として仕えていた「殿」が、明治維新の時期に新政府軍側についたものの、徳川家の恩を裏切る自分が許せず切腹したという過去の悲劇も語られました。

『風、薫る』が原案にしている、歴史学者の田中ひかるさんによる書籍『明治のナイチンゲール 大関和物語』を読むと、りんのモデル・大関和(おおぜき・ちか)の父である大関弾右衛門が、下野国黒羽藩(現:栃木県大田原市)の国家老だったことが書かれています。信右衛門の「殿」の悲劇の話も、黒羽藩藩主で弾右衛門の親戚でもある大関増弘が、1867年12月に城外で銃によって自殺した話(事故など諸説あり)に基づいていました。

 増弘は江戸幕府の若年寄を務めた人物でもあり、死ぬ前に弾右衛門を呼び出して「余は幕府の参政である。藩としては朝廷(新政府軍側)に誠を尽くすが、余はこの身を供して臣節を全うしようと思う」といい、弾右衛門が自分も後を追おうとすると止めたという逸話が残っています。

 主君を失った弾右衛門は翌1868年3月に家老の職を辞し、その際に和に「今日より家禄(二百石)は言うに及ばず、家も屋敷も返上し、明日からは乞食するかもしれぬが大関弾右衛門の娘に生まれし不幸と思いあきらめよ」と言ったそうです。その後も子供たちに勉強を教え、「いかなるときも学問を怠るな」と説きました。

 そんな彼は、1876年5月、18歳の和の縁談をまとめた後、「流行り病」によって50歳でこの世を去ったそうです。『大関和物語』では、『風、薫る』第1週時点で猛威を振るうコレラに関する話題はあるものの、史実で黒羽でコレラが流行したのは弾右衛門の死後の1879年と書かれています。

 この父親の死は、和が人の命のはかなさを知り、彼女が1887年に看護の道に進むきっかけにもなりました。『風、薫る』の信右衛門は、朝ドラでよく出てくる、主人公に大事なことを教え、初期に死んでしまう父親のようです。

 そんな信右衛門は、前作の朝ドラ『ばけばけ』主人公「松野トキ(演:高石あかり)」の元松江藩士の父親「松野司之介(演:岡部たかし)」と、あまりにも違うということも話題になっています。司之介は明治に入っても祖父「勘右衛門(演:小日向文世)」とともに髷を剃らずに生活しており、第1週でなんとかウサギを売る商売を始めて最初は儲けを出したものの、その後に大借金を作ってしまいました。トキはそのせいで小学校に通えなくなり、幼少期から親戚の「雨清水傳(演:堤真一)」の経営する機織り工場で働く羽目になります。

『ばけばけ』では後に傳がトキの実の父で、司之介は養父だということが明らかになりました。その傳は工場の経営が傾くなか病に倒れ、第3週15話でこの世を去ります(こちらもモデル人物と同じタイミング)。一方の司之介はあまり真面目に働かず、たまにトラブルも起こしながらも、最終話まで生きていました。

『風、薫る』放送開始後、朝ドラファンからは「司之介と全然違う父上出てきた」「パパ素晴らしい人じゃん司之介で半年間慣らされたから余計に素晴らしい」「妻を働かせない夫すげ~~(司之介を見ながら)」「すげえ、学問に対する姿勢が司之介と説得力が段違い(学校やめさせる父親と比べるな)」「朝ドラあるある、人格者のヒロイン父は短命。そういえば司之介は病気一つせず長生きしたもんね」「真面目でいいお父ちゃんの信右衛門が、第一週で…。司之介のようにウサギバブルに手を出して家族に迷惑かけた方が長生きする、朝ドラお父ちゃんの法則」といった、ふたりの父親を比較する声が相次いでいます。

 ただ、『大関和物語』では信右衛門のモデル・弾右衛門について、司之介と共通する点も書かれていました。弾右衛門は家老の職を辞した後、縁戚を頼って家族と東京に行き、そこで商売を始めるも、いわゆる「士族の商法」になってしまい失敗したそうです。詳細は不明ですが、その後に大関一家は黒羽に戻ったと考えられます。

 家老を務めたほどの優秀な人物でも上手くいかないと考えると、司之介のウサギ商売が悲惨な結果に終わったのもしょうがないのかもしれません。ちなみに司之介のモデル・稲垣金十郎も、松江藩からもらっていた俸禄を士族の商法で失敗して多額の借金を背負ったといわれています。

※参考:『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)

※本文を修正しました(2026年4月1日21時16分)

配信元: マグミクス

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