
成人してからADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)だと診断される人は少なくありません。
子どもの頃から困りごとはあったはずなのに、その意味が長く分からないまま、「自分の努力が足りないのではないか」と感じ続けてきた人もいます。
この問題について、英国の臨床心理学者ダレン・オライリー博士は、なぜ診断が遅れてしまうのか、また診断によって何が変わるのかを説明しています。
目次
- なぜADHDやASDは見逃されるのか?未診断のままだと何が起こるのか?
- 大人になってからの診断は「アイデンティティの再構築」に繋がる
なぜADHDやASDは見逃されるのか?未診断のままだと何が起こるのか?
ADHDは注意の向け方や行動のコントロールが難しくなりやすい状態で、集中の波が大きい、衝動的に動いてしまう、計画通りに進めにくいといった特徴があります。
一方ASDは、対人コミュニケーションの取り方や感覚の感じ方に独特の傾向があり、空気を読むことが難しい、特定のことに強く集中する、刺激に敏感または鈍感といった特徴が見られます。
これらは性格ではなく、生まれつきの脳の働き方の違いです。
そしてこれらADHDやASDは見逃されることがあります。
多くの場合、特性そのものは子どもの頃からありましたが、それが周囲から見えにくい場合があるのです。
見逃されやすいのは、一見すると「普通にやれている」人たちです。
学校の成績が悪くない、会話もそれなりにこなせる、仕事も何とか回している。そんな人は周囲から「困っていない」と見なされやすくなります。
ですが実際には、表面上うまく見せるために強い無理を重ねていることがあります。
このとき重要になるのが「マスキング」です。
これは、ASDの研究でよく調べられている現象で、自分の特性を隠したり、周囲のふるまいをまねたりして、社会の中で目立たないようにすることを指します。
2023年の研究では、とくに女性で多い可能性が示唆されています。
ここで注意したいのは、マスキングは「適応できている証拠」とは言い切れないことです。
むしろ、外からは問題が見えにくくなる一方で、本人の側に強い疲労や混乱がたまりやすくなります。
上記の研究でも、マスキングは不安や抑うつなどのメンタルヘルス上の問題と関連する可能性が指摘されています。
未診断のまま生きることのつらさは、単に「支援が受けられない」ことにとどまらないのです。
実際、ある研究では、ASDの成人で不安障害が約42%、うつ病が約37%にのぼると報告されています。
ADHDでも、半数を超える人に何らかの精神疾患が併存するとされます。
これは、本人の性格が弱いからではありません。
自分の脳の働き方に合わない環境や期待の中で、長く調整し続けてきたことの積み重ねと考えられます。
しかも、ここに「努力すれば解決できる」という考え方が重なると、問題はさらに深くなります。
一般的な自己改善のアドバイスでは、生活習慣を整える、時間管理を徹底する、感情をうまくコントロールするといったことが勧められます。
もちろん、こうした工夫が役立つ場面もあります。
ですがADHDやASDでは、計画を立てる、時間を管理する、感情を整えるといった働き方そのものに、脳の特性として違いがあります。
そのため、発達障害をもたない人向けに作られた「頑張り方」をそのまま当てはめても、うまくいかないことがあります。
すると本人は、「やり方が合っていない」のではなく、「自分の努力が足りないのだ」と考えてしまいやすいのです。
これは、合わない道具で難しい作業を続けているようなものです。
真面目な人ほど、合わない方法でさらに頑張ってしまい、そのぶん疲れも深くなっていきます。
つまり、成人までADHDやASDと診断されてこなかった人の多くは、「問題がなかった」のではなく、「問題が見えにくかった」というだけです。
そして困難の原因が分からないまま、自分を責め続けてきた可能性も高いのです。
では、そうした人々が大人になってから診断を受けたとき、彼らにはどんな影響が及ぶのでしょうか。
大人になってからの診断は「アイデンティティの再構築」に繋がる
成人してから診断を受けることには、どんな意味があるのでしょうか。
最も大きいのは、これまで「努力不足」や「性格の問題」と見なされてきた困難を、神経発達の特性と環境のミスマッチとして捉え直せるようになることです。
たとえば、「締め切りを守れない」「人づきあいで消耗しやすい」「周囲と同じやり方をすると極端に疲れる」といった経験は、それまで「自分がだめだから起きること」に見えていたかもしれません。
しかし診断によって、「自分の脳の働き方には特性があり、その特性に合わない条件で無理をしていた」と理解できるようになります。
ただし、診断は安心だけをもたらすわけではありません。
むしろ多くの人にとって、それは自分の過去を見直す大きな出来事になります。
これまで築いてきた自己イメージが揺らぎ、「では本当の自分とは何なのか」と考え直す必要が出てくるからです。
2021年の研究では、成人でASDと診断された151人を対象に、診断後の自己認識と自尊心などの関係が調べられました。
その結果、自閉特性を自分の一部として受け止められる人ほど自尊心が高く、逆に強い不満を抱く人ほど自尊心が低いことが示されました。
また、診断から時間がたつほど、不満が和らぐ傾向も見られました。
ここで示されているのは主にASD成人のデータですが、成人後の診断が自己理解の組み直しを伴うという点では、ADHDにも重なる部分があります。
この「自分を組み直す」作業が、いわばアイデンティティの再構築です。
長年マスキングを続けてきた人は、社会に合わせるための自分を優先してきました。
そのため、診断されたあとに初めて、「本当は何が苦手で、何なら無理なくできるのか」をゆっくり確かめ直すことになります。
ここで重要なのは、診断は終点ではないということです。
名前がつけばすべて解決するわけではありません。
自分の困難を正しい枠組みで理解できるようになることで、対処の方向は大きく変わります。
環境を少し変える、負担の大きいやり方を見直す、必要なら心理的支援や医療につながるなどです。
ADHDでは薬物療法が役立つ場合もあります。
診断されたあとで、そうした選択肢が初めて現実的なものとして見えてきます。
実際、大人になってからの遅めの診断のあとで、自己理解や生活の質、メンタルヘルスの改善が見られるケースがあるのです。
診断とは、ただラベルを受け取ることではなく、自分に合った助け方を見つけるための地図を手に入れることだと言えるでしょう。
参考文献
The Late-Diagnosed Mind: ADHD and Autism in Adults
https://www.psychologytoday.com/us/blog/the-late-diagnosed-mind/202603/the-late-diagnosed-mind-adhd-and-autism-in-adults
元論文
Camouflage and masking behavior in adult autism
https://doi.org/10.3389/fpsyt.2023.1108110
Personal Identity After an Autism Diagnosis: Relationships With Self-Esteem, Mental Wellbeing, and Diagnostic Timing
https://doi.org/10.3389/fpsyg.2021.699335
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

