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【伊達公子】現役時代は世界上位で孤軍奮闘。教えを守り続けるも、殻を破ることはできなかった<SMASH>

【伊達公子】現役時代は世界上位で孤軍奮闘。教えを守り続けるも、殻を破ることはできなかった<SMASH>

近年のテニスのトップ選手は、レジェンドコーチやサイコロジスト(心理士)をチームに加えるようになっています。上位選手になるとプレー以外にメンタル面でもタフでなくては生きていけません。私もファーストキャリアの時はアジア人選手のパイオニアという状況でしたので、多くの苦労がありました。

 テニスに直結していることでは、当時はレジェンドコーチという存在がない上に、日本人コーチが世界を知ることが難しい時代でしたから、全幅の信頼を置けるコーチに出会えませんでした。

 高校時代からプロキャリア序盤まで指導してくれた小浦猛志さんの存在が大き過ぎたこともあります。厳しかったですが、強い情熱を持って導いてくれたので、他のコーチだと物足りなさを感じてしまいました。結局、その後のコーチは、技術的な部分を引き上げてくれることよりも、心の安定のための存在となります。

 コーチに関してはずっと悩んでいました。実は1度だけ外国人コーチに挑戦したことがあります。1カ月で終わりましたが。日本人同士だと当たり前なことが、当たり前でないストレスがありました。新婚生活を始めた夫婦のように、「え? そんなことするの?」という事が頻繁に起こります。
  当時は、そういう文化の違いを説明する英語力もなく、だんだん朝起きて練習に行くのが憂鬱になり、これでは本末転倒だと思って止めました。海外に拠点を移すことも考えましたが、自分には不向きだと思いました。そういうことを受け入れるキャパシティが当時の私にはなかったのです。

 導いてくれるコーチがいない中で世界4位にまでいけたのは、小浦さんに考える力を植え付けてもらったお陰です。どこを修正するべきか、今の自分に何が必要かを考えることができていました。必要なことを自分でプッシュして継続してやることができ、やり切れる力が備わっていたことも、目標設定やプレー中の予測も叩き込まれており、そういう方針から大きく外れず、極めたことも要因だと思います。

 ただ、自分がやるべきことがわかっていたので、それにこだわりすぎて殻を破り切れなかったところはあります。だからこそ、自分とは全く違うやり方や考え方をするコーチを求めている自分もいました。でも、崩れる可能性もあるので、そこにチャレンジする勇気がなかったですね。

 もし生まれ変わってテニスプレーヤーになったとしたら、違うものを求めたいという自分はいます。その時は、4位より先の頂からの景色を見ることができるのか。それは、わかりませんね。

文●伊達公子
撮影協力/株式会社SIXINCH.ジャパン

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配信元: THE DIGEST

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