21世紀で最も多くの同胞の血を流させた「最凶の独裁者」は誰か。2024年末に反体制派の猛攻により、命からがらロシアへ亡命したシリアの元大統領、バッシャール・アル=アサドではないか。
首都ダマスカスで生まれ育ち、大学を卒業後にシリア軍の軍医に。1992年に英ロンドンに渡り、眼科医師となったこの男に転機が訪れたのは、1994年のことだ。
父ハーフィズ・アル=アサド大統領の後継者候補と目されていた兄が交通事故で死亡。急遽、次男であるバッシャールが指名され、シリアへ帰還することになったのである。
そして35歳で大統領に就任。就任後に大規模な民主化政策を行い、改革者と称された。しかし、所詮は政治の素人だ。しだいに貧富の差が拡大し、各地でデモが勃発。2011年に民主化を求める「アラブの春」の火の手がシリアに及ぶと、迷わず軍を投入した。平和的なデモ隊に実弾を浴びせたことで、内戦の引き金が引かれることになるのだ。
そんなアサドの異常性は、自国民を「守るべき対象」ではなく「駆除すべき害虫」として扱った点にある。その残虐行為の頂点にあるのが、国際法で厳禁とされている化学兵器の無差別使用だった。
2013年、アサドは軍に命じて、ダマスカス近郊にあるグータ地区の寝静まった住宅街に、サリンガスを放つ。苦悶でのたうち回り、口から泡を吹いて絶命した犠牲者は1700人以上。その多くが、あどけない子供だった。
自分の権力を維持するためなら、毒ガスで赤子を殺すことすら厭わない。それがこの男の突出した残虐性だった。その象徴とされるのが「人間処分監獄」だ。
ダマスカス近郊のセドナヤ刑務所。アサドはここに数万人を、裁判なしで拘束。刑務所内では爪を剥ぎ、電気を流し、性暴力を振るう凄惨な拷問が日常化した。毎週のように、秘密裡に集団絞首刑が行われていたという。
側近をダマして自分だけロシアへ深夜の高飛び
いや、この男の悪行はこれだけに留まらなかった。経済制裁で枯渇した戦費を稼ぐため、精鋭部隊を組織して合成麻薬「カプタゴン」を大量生産。国家そのものを「世界最大の麻薬密造組織」へと作り替えたのである。
麻薬による年間取引額は1.5兆円規模。国民を虫けら同然に殺し、世界中に毒を撒き散らして私腹を肥やす。これこそが、最凶独裁者アサドという男の本質だった。しかしそんな男にもやがて、終焉の幕が下ろされる。
「明日になればロシアの支援が来る」
そう言って側近を鼓舞しながら、実は自分だけは深夜の飛行機でモスクワへと高飛びしたアサド。それはあまりにも、卑怯な逃走劇だった。
半世紀に及ぶ親子2代の呪縛から解き放たれたシリアだが、この「大量虐殺元眼科医」が刻んだ深い傷跡が癒える日は、まだ遠いようだ。
アサド亡命後、崩壊した工場からは、オレンジや機械に偽装された膨大な薬物が見つかっている。
(山川敦司)

