
頭をぶつけたとき、「今のは大丈夫だったのか」と不安になった経験はないでしょうか。
日常のちょっとした出来事であれば軽く済むことがほとんどですが、これがスポーツの試合中や交通事故の場面となると、話は別です。
外見では分からない衝撃が、そのまま見過ごされ、重大なダメージにつながることもあります。
実はこうした“見えない衝撃”を、色として記録できる塗料が開発されています。
研究ではヘルメット模型に塗って衝撃の分布を可視化しており、将来的には危険な衝撃を把握する用途も期待されています。
この技術は、アメリカのタフツ大学(Tufts University)の研究チームによって開発されたもので、電気や複雑なセンサーに頼らず、衝撃の位置や強さを表面の色変化として示そうとするものです。
この成果は、2026年1月4日付の学術誌『Advanced Science』に掲載されました。
目次
- 見えない衝撃を“色で残す”という発想
- シルク由来の殻と分子の変形が生む色の変化
見えない衝撃を“色で残す”という発想
私たちは、衝撃や圧力の大きさを知りたい場面に時折直面します。
スポーツでは頭部への打撃が安全に関わりますし、物流では荷物が運ばれる途中でどれほど乱暴に扱われたかが問題になります。
歩行の分析でも、足のどこに強い力がかかっているかを知ることが大切です。
こうした力を調べるには、これまで電子センサーや配線を使う方法が主流でした。
しかし精密に測れる反面、電源が必要で、曲面や広い面に取り付けにくいという弱点があります。
複雑な形をした物体の表面全体で、どこにどんな衝撃が加わったかを調べるのは、簡単ではないのです。
そこで研究チームが目を付けたのが、「衝撃の大きさを色の変化として示す」という方法です。
塗った表面が衝撃を受けたとき、その場所だけ色が変われば、どこに力が集中したのかを直感的に見分けられます。

今回開発された塗料は、もともと青く見える粒子を表面に固定し、衝撃を受けた部分だけが赤く変わるようにしたものです。
この変化は一度起きると元に戻らないため、その面がどんな衝撃を受けたかという履歴を残せます。
色の変化量は衝撃の強さと対応しており、画像解析などを組み合わせれば、力の分布を定量的に読み取ることもできます。
つまりこの塗料は、単なる目印ではなく、「どこにどれだけの衝撃が加わったか」を表面に残す記録型センサーとして働くのです。
では、この新塗料はどのように誕生したのでしょうか。
シルク由来の殻と分子の変形が生む色の変化
この塗料の中心になっているのは、「ポリジアセチレン」という高分子です。
この物質は、整った状態では青く見えますが、強い力を受けて分子の並びが乱れると赤く見えるようになります。
分子の骨格がねじれたり歪んだりすると、内部の電子の動き方が変わり、吸収する光の性質も変わるためです。
要するに、衝撃による分子の変形が、そのまま色の変化として表れるわけです。
ただし今回の研究の工夫は、その高分子をそのまま使わなかった点にあります。
研究チームは、この色が変わる高分子の外側を「シルクフィブロイン」というタンパク質で包みました。
これはカイコの繭から取り出した絹の主成分を再構成した材料です。
外側にこの殻があることで、弱い力では反応しにくくなり、一定以上の衝撃が加わったときに内部の高分子がはっきり色を変えるようになります。
つまり、不要な反応を抑えつつ、強い衝撃にはしっかり反応する仕組みです。
研究では、この塗料を紙の上に載せて衝撃試験を行い、肉眼でも分かりやすい色変化が主に220~440ニュートンの範囲で確認されました。
さらに蛍光解析まで使うと、およそ100~770ニュートンの範囲まで検出できることも示されています。
見た目の変化だけでなく、解析を組み合わせることで、より広い範囲の力を読み取れるのです。
応用例も興味深いものがあります。
研究者らは、ヘルメット模型に塗って衝撃がどこにどう広がるかを調べたほか、踏みつけによって足裏の力の分布を可視化する(靴の中敷きへの応用)実験も行われました。
さらに、ドラムの打面に塗って、演奏中にどこをどれほど強く叩いたのかを色で示す例も紹介されています。
このほかにも、配送パッケージの衝撃履歴の記録なども想定されています。
「見えない衝撃を、色という形で表面に残す」
この新しい塗料は、これまで数字や装置の中に閉じ込められていた「力の情報」を、誰の目にも分かる形へ変える技術と言えそうです。
参考文献
This paint changes colors when hit, revealing location and strength of impact
https://techxplore.com/news/2026-04-revealing-strength-impact.html
元論文
Visualizing and Quantifying Impact with Mechanochromic Sensing Paints Based on Self-Assembled Polydiacetylene-Silk Core-Shell Vesicles
https://doi.org/10.1002/advs.202518144
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

