
『風、薫る』のヒロインのひとり・見上愛さん(2024年5月、時事通信フォト)
【画像】え、そうなんだ コチラが「地元で評判の美人」と言われていた『風薫る』りん(見上愛)のモデル人物の写真です
妾がいるのが普通だったけど
2026年前期の連続テレビ小説『風、薫る』では、第1週で主人公のひとり「一ノ瀬りん(演:見上愛)」が18歳年上の男性に嫁ぐ決意をしました。母の「美津(演:水野美紀)」は、6話でも縁談をなかったことにしようと提案するほどこの結婚に乗り気でないようですが、りんの気持ちは揺らぎません。彼女が嫁ぐ相手は、三浦貴大さん演じる「奥田亀吉」という男性です。
※この記事では『風、薫る』のネタバレに触れています。
『風、薫る』公式サイトの明日7話のあらすじを見ると、「りん(見上愛)の嫁ぎ先は運送業を営む裕福な奥田家。夫の亀吉(三浦貴大)や義母の貞(根岸季衣)と関係を築くため、りんは懸命に奥田家に尽くすが・・」と書かれており、場面カットでは笑顔のりんの横で夫・亀吉が彼女に不機嫌そうな顔を見せています。嫁いだ最初の回から、さっそく不穏な雰囲気となるようです。
18歳のりんと同い年の子供もいるという亀吉は、公式サイトのキャラクター紹介で「りんが住む村の隣町で明治時代になって運送業をはじめ、一代で財を成した。老舗の店主たちからは冷ややかな目で見られている」と書かれています。また、亀吉の母「貞(演:根岸季衣)」は「亀吉と二人三脚で奥田屋を大きくしてきた自負がある。周囲からの成金扱いに嫌気がさしており、家柄を手に入れたいと一ノ瀬家に縁談を申し入れる」と説明されていました。奥田家は、元は藩の家老だった亡き「信右衛門(演:北村一輝)」の娘、というだけでりんを嫁に選んだようです。
『風、薫る』の原案となっている、歴史学者の田中ひかるさんによる書籍『明治のナイチンゲール 大関和物語』を読むと、りんのモデル・大関和(おおぜき・ちか)は、まだ18歳だった1876年に結婚し、22歳年上の柴田豊之進福綱という士族の男性に嫁いだと書かれています。豊之進は前妻を病で亡くしており、和は後妻でした。りんは父の死後に結婚を決めていますが、実際は和の父・弾右衛門(元黒羽藩家老)が、病気で死ぬ前に何とかまとめた縁談だったそうです。
柴田家は明治維新を機に栃木県で大地主として成功を収めており、和は「玉の輿」だと周囲から羨ましがられたといいますが、彼女には辛い結婚生活が待っていたといいます。
豊之進には妾が多数おり、それを知った和は嫁ぐ前の良家の話し合いで、彼が妾たちとの関係を清算することを結婚の条件に出していました。しかし、豊之進は妾と縁を切るどころか、結婚後も千代という妾とその子供たちがいる別宅で暮らし続けたそうです。またほかの妾とも関係を続けており、彼の子供は5人いました。そのため、豊之進は1877年に生まれた和との長男に、六郎と名付けています。
また、和は義母から瘦せた土地を五反(約5000平方メートル)も開墾し米作りを覚えるよう命じられ、朝から晩まで働かされました。その後、1880年に長女・心を産む際、和は実家に帰って出産するといい、六郎も連れて柴田家を出ていきそのまま豊之進と離婚しています。
当時、明治政府が1870年に定めた「新律綱領」で妾は妻と同等の二親等に定められており、地位とお金がある男性が複数の妻を持つことは普通でした。しかし、和は父・弾右衛門が妻・哲だけを大事にしている姿を見ていたため、豊之進が許せなかったのかもしれません。また、離婚後にも、豊之進が六郎を跡取りになるはずだった取り返そうと和の実家までやってきて、1年ほど争ったという記録もあります。
そんな風に結婚生活で辛酸を舐めた彼女は、看護婦として働き始めた後の1891年に木下尚江という社会運動家と出会い、彼と結婚を考えるものの、結局1898年に破談に終わりました。その話も『風、薫る』後半で描かれるかもしれません。
※参考:『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)、『大関 和 看護に人生を捧げた日本のナイチンゲール』(KADOKAWA)
