
海の中でひときわ目を引く存在といえば、カラフルな「ウミウシ」です。
まるで宝石のような鮮やかな色と大胆な模様は、多くのダイバーや研究者を魅了してきました。
これまで、その美しい色彩は「色素」によるものだと考えられてきました。
しかし最新の研究によって、その常識が覆されます。
独マックス・プランク・コロイド界面研究所(MPICI)らの研究チームは、ウミウシの皮膚の色の正体が、実は「構造色」であることを明らかにしました。
しかもその仕組みは、まるでテレビや印象派の絵画のように「ピクセル」で色を作るという、驚くべきものでした。
研究の詳細は2026年2月6日付で科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載されています。
目次
- ウミウシの色彩は「構造色」を使っていた
- 色は「ピクセル」で作られていた
ウミウシの色彩は「構造色」を使っていた
生物の色は一般的に「色素」によって説明されます。
色素は特定の波長の光を吸収し、それ以外を反射することで色を生み出します。
例えば、人の皮膚や鳥の羽、花びらの多くは、この仕組みで色づいています。
ところが今回の研究によると、ウミウシの色の多くが色素ではなく、光の反射構造によって生まれていることがわかりました。
これが「構造色」と呼ばれるものです。
構造色とは、ナノスケールの微細な結晶構造が光と相互作用することで特定の色が見える現象です。
タマムシ、チョウ、カメレオンの体色などにも見られる仕組みです。
研究チームは複数種のウミウシを対象に、電子顕微鏡や分光分析を用いて皮膚の内部構造を詳しく調査。
【こちらは6種類のウミウシの皮膚を調べた画像】
その結果、ウミウシの皮膚には「グアニン」と呼ばれる分子からなるナノ結晶が存在し、それが層状に並んでいることが確認されました。
グアニンはDNAの構成要素として知られる物質ですが、ここでは光学材料として機能しています。
この結晶の厚さや間隔、角度の違いによって、反射される光の色が変わるのです。
つまりウミウシの皮膚の色は、色素だけではなく、「構造によって設計された光の色」でもあったのです。
色は「ピクセル」で作られていた
さらに興味深いのは、ウミウシの色の作り方です。
チームは、ウミウシの体表にある色が、連続した塗りではなく「微小な点の集合」として構成されていることを発見しました。
それぞれの点は、特定の色を生み出す独立した構造単位であり、いわば「ピクセル」として機能しています。
この仕組みは、テレビやスマートフォンのディスプレイに似ています。
ディスプレイでは赤・緑・青の小さな点(ピクセル)を組み合わせることで、あらゆる色を表現します。
ウミウシも同様に、異なる色のピクセルを組み合わせることで多様な模様を作り出していたのです。

さらに、この仕組みは印象派の絵画にもよく似ています。
モネやスーラの作品では、小さな色の点を並べることで、離れて見ると一つの色や形に見えるように描かれています。
ウミウシの体表もまさに同じで、ナノ構造による色の「点描」によって、豊かな色彩が表現されていたのです。
興味深いことに、構造色は通常、見る角度によって色が変わる「きらめき(イリデッセンス)」を伴います。
しかしウミウシの色は、むしろマットで均一に見えます。
その理由は、各ピクセル内の結晶の向きがわずかにバラバラであるためです。
これにより光がさまざまな方向に散乱し、特定の方向に強く反射されなくなります。
その結果、タマムシやチョウの翅のように虹色に輝くのではなく、落ち着いたマットな色として見えるのです。
自然はすでに「ディスプレイ技術」を持っていた
今回の研究は、ウミウシの色の正体を明らかにしただけではありません。
それは「自然界がすでに高度な発色技術を持っている」ことを示しています。
単一の材料であるグアニンから、構造と配置の工夫だけでこれほど多様な色を生み出す仕組みは、極めて効率的です。
しかも色彩の多くを色素に頼らないため、、構造色の特性として、退色しにくく、環境負荷も低い可能性があります。
研究者たちは、この原理を応用することで、持続可能な新しい発色材料の開発につながる可能性があると考えています。
私たちが日常的に目にするディスプレイや塗料の技術も、将来はウミウシにヒントを得たものになるかもしれません。
海の小さな生き物が見せる鮮やかな色彩は、単なる美しさを超えて、最先端の材料科学に通じるヒントを秘めていたのです。
参考文献
Impressionist sea slugs
https://www.mpg.de/26287823/impressionist-sea-slugs
The Prettiest Sea Slugs Use Crystals in Their Skin as ‘Pixels’ of Color
https://www.sciencealert.com/the-prettiest-sea-slugs-use-crystals-in-their-skin-as-pixels-of-color
元論文
Nudibranch color diversity shares a common physical basis in guanine photonic structure ‘pixels’
https://doi.org/10.1073/pnas.2525419123
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

