
「サイコパス(精神病質者)は感情が鈍いので残虐なことを平気で行う」というイメージを持っているかもしれません。
ですが、実際にはもう少し複雑な心の動きがあるようです。
アメリカのロザリンド・フランクリン医科学大学(RFU:Rosalind Franklin University of Medicine and Science)などに所属する研究者らは、サイコパシー傾向の高い人が悲しみを感じたとき、無意識に注意の向け方を変えて対処している可能性を示しました。
この研究は2025年8月19日付の『Journal of Experimental Psychopathology』に掲載されています。
目次
- サイコパスは本当に「感情がない」のか?
- サイコパスは悲しみを感じると、そこから目を背けて「怒り」に注目する
サイコパスは本当に「感情がない」のか?
サイコパスと聞くと、「冷酷で感情が欠けている人」という印象を持つ人は多いでしょう。
心理学でも長いあいだ、この考え方が有力でした。
「サイコパシーの人は悲しみや恐怖といった感情そのものが弱く、他人の苦しみにも反応しにくい」という説です。
しかし近年、この説明だけではうまく理解できない研究結果も出てきました。
そこで注目されているのが、「サイコパシー傾向の高い人もネガティブな感情そのものは感じているものの、それが不快であるため、無意識に注意をそらして影響を弱めている」という仮説です。
今回の研究は、この2つの見方のどちらがより実態に近いのかを調べるために行われました。
研究では、アメリカ中西部の刑務所に収容されている18歳から45歳の男性94人が対象になりました。
まず参加者は、「サイコパシー・チェックリスト改訂版(PCL-R)」という評価法で、サイコパシー傾向の強さを調べられました。
その後、現在の感情状態を自己申告で答えたうえで、「ドットプローブ課題」と呼ばれる実験に取り組みます。
この課題では、画面上に「悲しい顔」や「怒った顔」などの感情表情と、無表情の顔が一瞬だけ並んで表示されます。
その直後に、どちらかの位置に記号が現れ、参加者はできるだけ早く反応します。
この方法のポイントは、人が無意識に見ていた位置には素早く反応しやすいことです。
つまり、反応速度を比べれば、その人の注意がどの表情に向いていたのかを推定できます。
言い換えれば、「その人の目や心が、どの感情に引き寄せられていたのか」を探る実験です。
さらに研究者たちは、その後に「悲しみ誘導」を行いました。
参加者に、自分が過去にとても悲しかった出来事を思い出して語ってもらい、悲しい気分になってもらったのです。
そしてその直後に、もう一度同じ課題を行いました。
ここで重要なのは、研究者たちが「ふだんの注意のクセ」だけでなく、「悲しみを感じた後に注意の向きがどう変わるか」を見ようとしていたことです。
結果は興味深いものでした。
サイコパシー傾向の高い人も、悲しみ誘導のあとにはネガティブな感情が増えていました。
しかも、その増え方は大きい傾向がありました。
少なくとも今回の結果は、「そもそも悲しみを感じていない」という単純な説明には合いません。
では、何が違っていたのでしょうか。
答えは、悲しみを感じたあとの「注意の動き」にありました。
サイコパスは悲しみを感じると、そこから目を背けて「怒り」に注目する
実験で特に重要だったのは、悲しみ誘導の前後で注意の向きがどう変わったかです。
まず、悲しみ誘導を行う前の段階では、サイコパシー傾向の強さによって、注意の向きに大きな違いは見られませんでした。
つまり、普段の状態では、サイコパシー傾向が高い人だけが特別に悲しい顔を避けたり、怒った顔を見たりしていたわけではありません。
ところが、悲しい記憶を思い出したあとでは変化が現れました。
サイコパシー傾向が高い人ほど、悲しい顔から注意を外しやすくなり、その一方で怒った顔に注意が向きやすくなったのです。
この結果は重要なヒントになります。
たとえば普通の人なら、悲しい出来事を思い出したあとには、悲しそうな表情にもそのまま引き寄せられるかもしれません。
悲しみに浸るわけです。
ところがサイコパシー傾向の高い人では、悲しみを感じていても、その悲しみに関わる手がかりから注意をそらしやすいようです。
そして代わりに、怒りや対立を示す手がかりに目が向きやすくなる可能性があります。
研究者たちは、こうした結果は「感情が欠けている」という見方よりも、「感情の調整のしかたに偏りがある」と考えるほうが、今回の結果をうまく説明できるとしています。
サイコパシーの人は、何も感じないから冷酷なのではなく、不快な感情から無意識に距離を取り、その影響を弱めようとしている可能性があるのです。
もちろん、この研究にも限界はあります。
悲しみ誘導は実験室内の比較的軽いもので、現実の強い悲しみとは違うかもしれません。
また、使われた刺激は写真の顔であり、実際の対人場面そのものではありません。
さらに、対象は受刑中の男性に限られているため、女性や一般集団にも同じ傾向があるかは今後の研究が必要です。
それでも今回の研究は、「サイコパスは感情がない」という単純なイメージを見直すきっかけになります。
サイコパシーの人は、感情が欠如しているのではなく、悲しみのようなつらい感情に向き合う方法が独特なのかもしれません。
参考文献
When made to feel sad, men with psychopathic traits shift their visual focus to anger
https://www.psypost.org/when-made-to-feel-sad-men-with-psychopathic-traits-shift-their-visual-focus-to-anger/
元論文
Psychopathy and Emotion Regulation: Evidence for Dynamic Attentional Biases in Incarcerated Men
https://doi.org/10.1177/20438087251367157
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

