平壌に着くなり、母は物件探しに奔走する。元山で食堂を成功させた商才がある。むろん、不動産屋があるわけではない。親戚や帰国者人脈がものをいう。
ようやく1年ほどして高麗ホテルの地下1階に空き物件が出た。月2000ドルの家賃を管理する観光総局に払い、「高麗ホテル地下食堂」がオープン、社長の母は厨房にも入った。従業員は5人。自慢の平壌冷麺だけでなく、日本のお好み焼きやオムライスもファンがいた。だが、3年たったころ、ホテルのリニューアルに伴い、個人経営は認められなくなり、食堂は閉店へと追い込まれてしまう。
「ママ、へこたれないんですよ。平壌のランドマーク、凱旋門にほど近い牡丹峰のふもとに外国人専用のホテルがあって、そこでまた食堂をやるんです。高麗ホテルの地下よりずっと高級で、牛の焼き肉、ヤンプルコギという羊の焼き肉が評判になるんです。平壌冷麺は食べて飲んだあとのシメです。食堂はおいしいものを食べるだけでなく、党や軍の幹部も出入りし、その息子たちもしょっちゅうきていました。武器を売ったりする通称『93号』の人たちもいましたね。たぶん平壌で一番の金持ちが彼らだったと思います」
ピアノの道を断念したヨンヒ、エリート層の集まる平壌で夢みたのは医者だった。それも産婦人科医である。
「親族に医者がたくさんいたんです。パパは8人きょうだいの末っ子なんですが、7人いるお姉さんの息子か娘のひとりがみな医者になった。お姉さんも3人が医者。アフリカのアンゴラやエチオピアに派遣されたいとこもいます。国の外貨稼ぎのためですが、うまく時間をやりくりして現地住民の往診をすれば、いい収入になる。なにより海外に行けるということが魅力でした。でも、私の心を大きく揺さぶったのは、あるドラマだったんです」
ちょうどヨンヒが平壌にくる直前の2004年から翌年にかけ、朝鮮中央テレビで放映された人気連続ドラマ「温かいわが家」のことだ。舞台は平壌にある女性のための総合病院「平壌産院」。テキパキ仕事をこなし、堂々たる振る舞いの若き女医と、除隊軍人出身できまじめな独身男性医とのラブストーリー。
「主役の女医さんがやさしく、きりっとした人なの。ああ、かっこいいなって思った。たまたま名前が私と同じヨンヒだったこともあって、すっかりのめりこんでね。彼女こそ、私の人生のロールモデルだわって、毎回、楽しみに見ていました」
鈴木琢磨(すずき・たくま)ジャーナリスト。毎日新聞客員編集委員。テレビ・コメンテーター。1959年、滋賀県生まれ。大阪外国語大学朝鮮語学科卒。礒𥔎敦仁編著「北朝鮮を解剖する」(慶應義塾大学出版会)で金正恩小説を論じている。金正日の料理人だった藤本健二著「引き裂かれた約束」(講談社)の聞き手もつとめた。
写真/初沢亜利

