
【W杯回顧録】第12回大会(1982年)|“黄金のカルテット”完成のブラジルを下した衝撃。パオロ・ロッシ覚醒でイタリアが3度目の優勝
北中米ワールドカップが6月11日に開幕を迎える。4年に一度、これまでも世界中のサッカーファンを魅了してきた祭典は、常に時代を映す鏡だった。本稿では順位や記録の先にある物語に光を当て、その大会を彩ったスター、名勝負、そして時代背景などをひも解いていく。今回は1982年の第12回大会だ。
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●第12回大会(1982年)/スペイン開催
優勝:イタリア
準優勝:西ドイツ
【得点王】パオロ・ロッシ(イタリア):6得点
MF絢爛の時代を迎えていた。
ブラジルは、国内でプレーするジーコ、ソクラテス、トニーニョ・セレゾに、セリエAでローマを牽引するファルカンを加えて黄金のカルテットが完成した。フランスは前回大会を経験したミッシェル・プラティニが、アラン・ジレス、ジャン・ティガナ、それにレフティのベルナール・ジャンジニらと協奏した。
一方、西ドイツは、2年前の欧州選手権制覇を20歳で牽引したベルント・シュスターと折り合いがつかずドリームチームが実現しなかったが、前回優勝のアルゼンチンは4年前の主力組に、21歳になったディエゴ・マラドーナや79年ワールドユース選手権得点王(Jリーグの初代得点王でもある)のラモン・ディアスを加えていた。
ブラジルの創造性は群を抜いていた。MFの黄金のカルテット以外も、左SBのジュニオールはインサイドに入りゲームメイクもする現代の役割をすでに実現していたし、右のレアンドロも質の高い攻撃力を誇り、前線にはパワフルで自在な左足を持つエデルがいた。
弱点があるとすれば最前線と最後尾で、FWはカレッカが直前に故障をして戦線を離れ、GKバウジール・ぺレスは最初のソ連戦でアンドリー・バルの正面へのシュートをこぼして失点してしまい、不安定なプレーが続いた。
初戦で先制を許したブラジルだが、その後は圧倒的にゲームを支配し、ソクラテスの豪快なゴールで追いつく。さらにはパウロ・イシドロの横パスをフリーのファルカンが悠然とスルーし、走り込んだエデルが最初のタッチで浮かせて強烈なボレー。芸術的な展開で逆転した。続くスコットランド戦も先制されたが、ジーコ、オスカー、エデル、ファルカンがゴールラッシュをかけて快勝。ニュージーランドもまったく寄せつけず、3連勝で2次リーグへ進んだ。
スペイン大会からは出場枠が8つ増えて24チームが参加し、6つのグループに分かれた1次リーグの後は、3か国ずつが4組に分かれる2次リーグへと進むことになり、12年ぶりに準決勝が復活した。
敵なしの強さが際立つブラジルとは対照的に、2次リーグでブラジルと同居するふたつの優勝経験国は序盤苦戦を強いられた。前回覇者のアルゼンチンは大会の開幕戦に登場し、2年前の欧州選手権で準優勝のベルギーに白星を献上。グループ2位に止まった。
イタリアの低迷ぶりは、さらに酷かった。大会前からスキャンダルを報じ続けるメディアと反目するなど逆風に晒され3戦連続して引き分け。エンツォ・ベアルゾット監督は、前回大会後に八百長関与疑惑で出場停止処分を受け、この大会直前に解かれたパオロ・ロッシを信じて使い続けたが、復活の兆候は見られなかった。結局3引き分けのイタリアは、カメルーンと勝点、得失点差ともに並び、ゴール数ひとつの差で辛くも2次リーグへ進んでいた。
ブラジル、アルゼンチン、イタリア…、この3か国が集まった2次リーグで最初に脱落したのはアルゼンチンだった。初戦でイタリアに1-2で屈し、続くブラジル戦ではマラドーナが再三のファウルが見逃され、マークするバチスタの腹に蹴りを入れてしまい退場。1-3で完敗だった。
こうしてグループCでは、イタリアとブラジルがいずれもアルゼンチンから勝点2(勝利は勝点2)を稼ぎ、最終戦の直接対決を迎える。ただし個々の技術、それに攻撃力を比べてしまえば、得失点差で上回るブラジルの優位が動かないはずだった。
イタリアのべアルゾット監督は、試合前の選手たちに、こう語りかけた。
「誰が見てもテクニックでは我々が劣る。しかし、試合の行方を決めるのはテクニックだけではない。我々はテクニックの差を補ってあまりある頭脳を駆使して戦うんだ」
次はロッシとフランチェスコ・グラッツィアーニ、ふたりのFWに視線を移す。
「ブラジルのディフェンダーが自陣でゆっくり繋ぐショートパスを狙い続けるんだ」
そして最後は語気を強めて鼓舞した。
「このブラジルと10回戦えば9回は落とすだろう。勝てるとすれば、わずかに1回。でも今日をその1回にするんだ!」
開始5分、左からアントニオ・カブリーニがクロスを送ると、ロッシが頭で合わせて均衡を破る。イタリアの指揮官は、最良のシナリオが動き出したと感じていた。
「追いかける立場になれば、ブラジルはさらに攻めてくる。そうなれば我々には一層戦い易い状況が生まれてくる」
だがブラジルの創造力も、敵将の予想を超えていた。12分、今度はジーコが一瞬のマジックでマークを外し、完璧なスルーパスでソクラテスのゴールを演出する。イタリアのエースキラー、クラウディオ・ジェンティーレが「マラドーナ以上に充実している」と警戒していたジーコが、鮮やかにハードマークの裏をかき決定的な仕事をしてみせた。
しかしイタリアも25分、トニーニョ・セレゾの横パスを奪ったロッシが再び突き放す。
実はブラジル側では最終ラインを統率するオスカーが、テレ・サンターナ監督に直訴していた。
「せめて両サイドバックが同時に攻め上がるのはやめさせてくれないか」
だが自信満々の指揮官が、受け入れることはなかった。
リードをして折り返したイタリアは、後半重心を下げロッシの1トップに変えた。だがブラジルは、引いた守備網を再度切り裂く。68分、ジュニオールが左から持ち上がり、逆サイドへと振る。ボールを受けたファルカンにはふたりの選手が対応していたが、わずかなフェイクで逆側へと重心が傾く。その刹那、方向を変えたファルカンが左足を一閃。大きなガッツポーズを作り咆哮した。
ブラジルが追いつき立場は入れ替わった。そのまま終わればブラジルが準決勝へ進み、逆にイタリアには勝利が必要だった。ところがブラジルのテレ・サンターナ監督が選択した交代策は、CFのセルジーニョを下げてウインガーのパウロ・イシドロ。CFの位置にはソクラテスが出て行くケースが増えたので、明らかに攻撃強化だった。
べアルゾット監督は述懐している。
「ブラジルにはブラジルに相応しい考え方があり、イタリアとは明らかに異なる。その違いがぶつかるのがワールドカップなんだ」
イタリアベンチは、ブラジルがさらに攻勢を強めてくることも想定済みだった。こうして74分、CKの混戦からマルコ・タルデリの放ったシュートにロッシが反応。ハットトリックを達成する。眠りかけていた才能が、一気に覚醒した瞬間だった。
イタリア3-2ブラジル。世紀の大番狂わせが完結した。だが勝者に緻密な戦略があったことも確かで、実際イタリアは一転して確かな足取りに変わり、準決勝ではエースのズビグニェフ・ボニエフを出場停止で欠くポーランドを2-0で退け決勝に進出した。
反対ゾーンから準決勝に勝ち上がった西ドイツとフランスも、ともに1次リーグの足取りはおぼつかなかった。特に西ドイツは、初戦でアルジェリアに1-2で敗れ、サバイバルをかけた談合試合が世界中の批判を浴びた。
このグループでは、まずオーストリアが2連勝で優位に立ち、アルジェリアは1次リーグ最終戦でチリを下し勝点を「4」にして、翌日の西ドイツの試合を待った。ところが西ドイツはオーストリアとの最終戦で10分に先制すると、あとは互いに攻めずに1-0を保ったまま終了。得失点差を計算してオーストリアは首位、西ドイツは2位を確定させた。試合開催地に因んで「ヒホンの恥」と呼ばれ、アルジェリアはFIFAに提訴したが、試合成立は動かなかった。
ただし前回大会でのアルゼンチンーペルー戦の八百長疑惑に続く不信を抱かせる事態に直面し、さすがにFIFAも新規約を定める。次の大会からグループリーグの最終戦は、同時刻、別会場で開催することになった。
セビージャでの準決勝で、終始主導権を握っていたのはフランスだった。1-1で迎えた51分、フランスのミッシェル・イダルゴ監督が動いた。ジャンジニに代えて、パトリック・バチストン。それから14分後、采配は功を奏したかに見えた。バチストンがスルーパスでひとり抜け出す。ところが西ドイツのGKハラルド・シューマッハーが猛然とエリアを飛び出し、体当たりでバチストンを弾き飛ばした。意識を失ったバチストンは救急車で搬送され、後に顎を骨折し頚椎を損傷、さらに3本の歯がかけたことが判明するが、オランダのチャールス・コーフェル主審はレッドどころかファウルさえ取らなかった。
ただし大惨事はあったが、延長戦に突入してもフランスは勝利へと邁進した。FKからマリウス・トレゾールがボレーで叩き込み、98分にもジレスがシャープなシュートで2点差に広げる。だが西ドイツも絶望の淵から奇跡的な反発を見せた。足の故障でベンチスタートだったカールハインツ・ルンメニゲがピッチに送り出されると、その6分後にはピエール・リトバルスキーのニアへのクロスに飛び込み反撃の口火を切る。さらに108分には、クラウス・フィッシャーが得意のオーバーヘッドでゲームを振り出しに戻した。
3-3、劇的な試合は、ワールドカップ史上初めてのPK戦に委ねられることになった。
先に失敗したのは、後蹴りだった西ドイツ3人目のウリ・シュティーリケで「これで終わった」と、ヒザから崩れ落ち早くも涙を流した。だがフランスも続くディディエ・シスが失敗。結局6人目が明暗を分け西ドイツが決勝進出を果たした。フランスのロッカールームでは、誰もが泣いていたという。後日プラティニは語っていた。
「こんなに大勢の男たちが一斉に涙を流すのを、後にも先にも見たことがなかった」
しかし決勝戦では、チームの充実ぶりの違いが明白に表れた。イタリアは、アルゼンチン、ブラジル、ポーランドを次々に倒し、ブラジル戦でハットトリックのロッシは、準決勝のポーランド戦でも全2ゴールを決めていた。それに対し西ドイツは、故障のルンメニゲをスタメンで強行出場させるしかなかった。
イタリアは前半でカブリーニがPKを失敗するが、まったくその後の展開に影響はなかった。57分、またもロッシが得点王を決定づける大会6ゴール目で均衡を破ると、タルデリ、さらには交代出場のアレッサンドロ・アルトベリがたたみかけて3-0で突き放す。粘り強さを印象づけた西ドイツも、この夜はパウル・ブライトナーが、8年前に続き再び決勝戦でゴールを挙げるのが精一杯だった。
イタリアは3度目の優勝でブラジルと肩を並べた。しかしこの大会のブラジルも、敗れてもなお伝説として愛され続けている。
文●加部究(スポーツライター)
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