「自分のテニスと向き合った」——。
現在、大阪市のモリタテニスセンター靭で開催中の『富士薬品セイムス ウイメンズテニスカップ』(ITF W35)。そのシングルス決勝に勝ち進んだ二人は、奇しくも同じ言葉を口にした。
一人は、ヒナ・イノウエ(井上雛)。アメリカ国籍ではあるが、両親は日本人の22歳である。
もう一人は、岡村恭香。昨年30歳を迎えた豊富なキャリアの持ち主であり、昨年の全日本テニス選手権シングルスチャンピオンだ。
2025年シーズンは岡村にとって、最も充実した一年だったと言えるだろう。2月にはキャリア最高位の178位を記録。4つのグランドスラム(四大大会)全ての予選に出場し、10月には悲願の全日本タイトルもつかみ取った。
ただその後はケガもあり、戦績的には苦しい時期が続く。
「昨年は上のレベルで戦えたし、私はその方が力を出せるところもある。ただ、自分への期待が高くなっていただけに、ランキングが下の選手相手に勝てなかった時のダメージが、すごく大きくて……」
訥々と語る言葉は、すでに遠い日を語るかのよう。本人が「極めつけだった」と述懐するのが、一カ月前。京都市で開催されたITF W75大会での敗戦だ。
「1回戦はすごく良いテニスができていたのに、その途中で腹筋を肉離れしてしまったんです」
結果、2回戦はストレートで敗戦。ただ彼女が落ち込んだのは、負けたという結果にではない。
「思うようなプレーができないことはわかっていたのに、その時にできるベストを尽くせなかった。そんな自分への憤りなど、いろんな面ですごく悔いが残って……」
その翌週の甲府大会でも初戦で敗れた時、2年半前から師事する神尾米氏とジャイミー比嘉氏の両コーチに、「自分と向き合う時間を作った方が良い」との助言を受けた。
「そこで一度、自分の考えを整理しました。ランキングは落ちてしまったけれど、テニスってそういうものですし。他人と比べたら羨ましくなることもあるけれど、結局は自分がやるべきことを続けるしかないし、そうすれば結果もついてくるかなと。今は、目の前の1ポイントに全力を尽くすことを積み重ねていこうと思っています」
やるべきことを一度整理し、虚心坦懐で挑んだ今大会。その成果が最も色濃く表れたのが、準決勝の伊藤あおいとの一戦だろう。
両者の対戦戦績は伊藤が2勝1敗でリードし、直近でも伊藤が連勝中。過去の対戦では、攻め急いだ岡村が相手の術中にはまる局面が多かったという。今回の対戦でも、第1セットは岡村にミスが目立った。
ただ、第1セット終了時、岡村は「セット終盤の内容は悪くなかった。焦らず体力勝負に持ち込もう」と考えたという。
その決意が顕著に表れたのが、第2セット終盤。伊藤のスライスにもむきにならず、自身もスライスで対抗しながら長い打ち合いに持ち込んだ。結果、復帰からまだ日の浅い伊藤のスタミナを着実に削っていく。
第3セットの立ち上がりこそ相手に3ゲーム連取されるも、焦らず、1ポイントずつ返していく。「やるべきこと」を貫いたがゆえの、4-6、6-3、7-5の逆転勝利だった。
その岡村と決勝で戦うイノウエも、昨年はキャリア最高の時を迎える。地元の全米オープンで予選を勝ち抜き、初のグランドスラム本戦出場。その初戦ではビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)と対戦し、敗れはしたものの自信と手応えを手にした。
ただその成功体験が、「その後の焦りにつながった」ことを、イノウエは否定しない。
「特にランキング的には、200位前半でグランドスラム予選に入れるかどうかの位置。確実に入れるところまで上げたいという焦りはあったし、それで頑張りすぎてしまい、今年の初めにケガをしてしまったんです」
足を痛め、一カ月は練習もできない時期を過ごす。ただそのことで、「冷静になれた」自分がいた。
「焦っていたところから一歩下がり、落ち着いて自分を見られるようになった。身体のケアもしっかりするようになったし、また試合ができるのがすごく楽しみでもあったんです」
復帰戦となった先週の大会では初戦で敗れるも、今週の大阪では苦しみながら初戦を突破。
「大事なポイントで踏ん張って勝てた。久々の勝利だったので自信になったし、準決勝も逆転勝利。たとえ調子が万全でなくても、それを乗り越えたことで決勝まで来られたと思います」
自身の思いを、イノウエは丁寧に言葉に置き換えていった。
いずれも躍進の昨シーズンを過ごし、その後の焦燥に葛藤しながらも、再び原点に立ち返り地に足をつけた二人。最後にどちらがトロフィーを抱くにしても、両者にとって実り多き大会なのは間違いない。
取材・文●内田暁
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