
2005年、ハンガリーのとある墓地で、研究者たちは奇妙な遺体と出会いました。
それは赤ん坊の小さな手。
しかもただの骨ではなく、皮膚が残ったままミイラ化し、不気味な緑色を帯びていたのです。
さらに不可解だったのは、その手が銅貨をしっかり握りしめていたことでした。
なぜ手だけがミイラ化したのか。なぜ緑色になったのか。そして、この銅貨は何を意味していたのか。
この奇妙な遺体は、科学と民間信仰が交差する“極めて異例の埋葬”の謎を私たちに突きつけています。
目次
- なぜ「手だけ」がミイラになったのか
- 銅貨に込められた「祈り」と死の文化
なぜ「手だけ」がミイラになったのか
【ハンガリー墓地で見つかった緑色の手の遺骨の画像がこちら】
この遺体が見つかったのは、ハンガリー南部ニャールロリンツの中世墓地です。
墓地の遺骸の多くは西暦1200年から1600年頃のものですが、この赤ちゃんの手に握られていた硬貨は1858年以降にしか流通していないものでした。
つまり、埋葬者は、すでに使われなくなった墓地に、当時流通していた銅貨を赤ちゃんに握らせて埋葬したと考えられます。
遺体は壺の中に納められた未熟児で、骨格の大きさから妊娠6〜7カ月ほどで亡くなったと推定されています。
そして最も目を引いたのが、片手だけがミイラ化していたという点でした。
通常、ミイラ化は乾燥や低温など特別な環境で起こります。
しかしこの墓地では、周囲の遺体はすべて通常通り腐敗しており、環境条件だけでは説明できませんでした。
そこで研究チームは化学分析を実施します。
すると驚くべき事実が判明しました。
この乳児の体内には、通常の約500倍もの銅が含まれていたのです。
しかもその銅は、特に手の周辺に集中していました。
ここで重要なのが、銅の性質です。
銅には強い抗菌作用があり、細菌による分解を抑える働きがあります。
つまりこのケースでは、
・銅貨から溶け出した銅が体内に浸透
・微生物の働きを抑制
・分解が止まり、組織が保存
という流れで、ミイラ化が起きたと考えられます。
そして銅が集中していた「手」だけが、結果としてミイラ化したのです。
銅貨に込められた「祈り」と死の文化
では、なぜ赤ん坊は銅貨を握っていたのでしょうか。
研究によると、これは単なる偶然ではなく、当時の埋葬習慣と深く関係していると考えられています。
ヨーロッパの一部地域では、洗礼を受ける前に亡くなった乳児は、布に包まれ、壺や小箱に入れて墓地に埋葬されることがありました。
その際、小さな硬貨が供物として添えられることがあったとされています。
この硬貨にはいくつかの意味がありました。
・魂が天国へ入るのを助ける
・冥界への通行料として使う
・天国で洗礼を受けるための「費用」
つまりこの銅貨は、単なる金属ではなく、「この子を無事にあの世へ送りたい」という家族の願いだった可能性が高いのです。
さらに興味深いのは、この習慣がハンガリーではほとんど記録されていなかった点です。
この発見は、そうした埋葬文化の存在を裏付ける初めての証拠とされています。
そして皮肉なことに、その祈りの象徴である銅貨こそが、赤ん坊の体の一部を「150年後まで残す」という結果をもたらしました。
【回収された遺骨の画像がこちら】
この小さな手は、偶然の産物ではありません。
そこには、科学的には「銅の抗菌作用」という説明があり、人間的には「子を思う祈り」という背景があります。
このミイラ化した緑の手は、人間の文化と自然の化学反応が偶然交差した、極めて稀な記録です。
そして今もなお、その小さな手は問いかけています。
私たちは死者をどう送り、何を残そうとしてきたのかを。
参考文献
One Hand of This 150-Year-Old Baby Mummified, While The Rest of Its Body Did Not. Here’s Why
https://www.sciencealert.com/18th-century-baby-hand-mummified-copper-coin-hungary
How a Copper Coin Mummified a Baby’s Hand
https://www.smithsonianmag.com/smart-news/how-copper-coin-mummified-babys-hand-180969168/
元論文
Partial mummification and extraordinary context observed in perinate burials: a complex osteoarcheological study applying ICP-AES, μXRF, and macromorphological methods
https://doi.org/10.1007/s12520-016-0391-3
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

